・「そんなにしょげなさんな」
棟世はそういって、
なぐさめるが、
それもなんだか、
からかわれているようで、
くやしい
「あなたが捨てたんじゃ、
ないでしょうね」
「私が
なんでそんなことを・・・」
棟世は笑い出して、
「そうぷんぷんしているあなたも、
すてきですよ
あなたは怒っているほうが、
かわいくていい」
棟世にかかっては、
私もいつまでも、
怒れなくなってしまう
それに彼は、
「私には、
雪を捨てさせた人は、
見当はつくがね」
「えっ、だってあなた、
私たち女房仲間、
一人一人よく知っているの?」
「いやいや、
なんとなくカンが働いてねえ」
棟世とそんなことを、
いい合っているうち、
心がなだめられたが、
それでも、
雪を捨てさせた下手人を、
あれかこれか、
と思わずにいられない
一月二十日、
私は参内した
局に落ち着く間もなく、
中宮の御前にまいり、
雪山の話をする
折から主上も渡らせられていて、
中宮が、
「それで雪はどうしたの?」
とお尋ねになり、
私の返事を待っていられる
「その下人は手ぶらで、
帰って参りましたのでございます
まあ、それを見る、
わたくしの気持ちったら」
と申しあげると、
お二方は声を合わせて、
お笑いになる
それにつれて、
おそばの宰相の君や、
右衛門の君、
小兵衛の君なども、
どっと笑う
若い小弁の君に至っては、
主上の御前ということも忘れて、
かん高い笑いを洩らしてしまう
それらに煽られるように、
主上も若々しい青年らしい、
笑い声を弾まれる
いっせいにはぜる、
その笑い声は、
どうやらみんなで寄って、
私をおかしがっているような、
気がする
私のへんな顔つきがおかしい、
とみえて、
まわりの女房たちは笑いころげ、
それに不安を抱いて、
あたりをみまわす私を見て、
またみんな、
袖で顔をおおって笑いむせる
御簾も揺れるばかり、
中宮と主上もお笑いに、
なっていらっしゃる
それで私ははっと、
直感がひらめいたのだ
棟世は
(私には、
雪を捨てさせた人は見当がつく)
といっていたではないか
棟世ではないが、
何となくカンが働き、
(おかしい・・・)
と思っていると、
中宮はまだ笑いの波が、
とめられないまま、
「少納言、
少し怪しんでいるわね
そうなのよ
雪を捨てるように命じたのは、
こにわたくしです」
「え~っ、まさか・・・」
「それほど思いつめている、
あなたの気持ちをはぐらかして、
しまったのだから、
仏さまの罰が当るかもしれない、
けれど・・・
実をいうとね、
十四日の夜、
侍たちをやって捨てさせたの」
十四日といえば、
その前日、雨が降った
雨で消えてしまうのではないか、
私は居ても立ってもいられず、
夜が明けるが早いか、
下人に見にやらせたのだ
十四日の朝、
円座ぐらいはあった、
という報告だった
それをその晩、
お取り捨てになったとは
「わたくしからの、
問い合わせの返事に、
『雪は捨てられていました』
と言い当てたのはおかしかったわ
侍の報告によると、
木守の女が出てきて、
けんめいに頼んだそうだけれど、
『ご命令だから
少納言の邸から見にきた者には、
このことは知らせるな
もし知らせれば、
小屋をこわしてしまうぞ』
などといったそうよ
雪は左近の司の南の築地のそばに、
捨てたということだけれど、
『たいそう固くて、
多うございました』
といっていたから、
二十日まで保ったかもしれないわ
今年の雪もその上に積もって、
二年越しの雪山に、
なったでしょうよ」
「そうだったので、
ございますか」
私がしょんぼりしたように、
中宮に見えられたのか、
引き立てるようにいわれる
「少納言が勝ったのよ
わたくしがみなの前で、
こう披露したのだから、
あなたがその雪の山を、
盛って来たのも同じことに、
なったじゃありませんか、
主上も、
この雪山あらそいをお聞きになって、
『少納言は、
ずばりとよく当てたものだね』
と殿上人たちにもお話に、
なっていらっしゃるのよ
さあさあ少納言、
しょげないであなたが、
その雪山につけて出そうと、
練りに練ったという、
その歌を披露しなさい」
「いえ、もう・・・
心がくじけてしまいました
中宮さまがこうも辛い目を、
お与えになるとは」
私はうつむいて萎えてしまう
中宮こそ、
私の晴れやかな得意顔の、
あと押しをして下さる、
共に喜んで下さる、
と思っていたのに、
かえって鼻をあかすような、
お仕打ちをなさるなんて・・・
そう思っている、
私の気持ちを見抜かれたように、
主上も、
「ほんとだよ
少納言は、年来、
中宮ご愛顧の人だとばかり、
思っていたのに、
おかしいなあと見ていたのだ」
と仰せられる
その上、
「中宮は少納言の、
お味方ではなかったのかも、
しれないな、ほんとうは」
などとからかわれる始末
私は涙ぐみたい気持ちである
「少納言が悲しんでいますわ
そんなにおからかいおあそばしては」
中宮は軽快にさえぎられて、
「少納言の返事に、
『あんまりあざといと、
誰かがそねんだのでしょうか』
とあったけれど、
さすがにぴったり敵中よ
あのねえ、少納言」
「は?」
「あなたは、
そこまで察していて、
かんじんのところが、
わからない人ねえ」
「は?」
「あんまり勝ちすぎてしまっては、
ものごとは美しくありません」
「はあ・・・はあ」
「黒白きっぱりつけるのは、
こころ幼稚なこと・・・
というより、
興がそがれて白けるでは、
ありませんか
すべて何でもたのしく、
おかしいほどにとどめて、
おかなくては・・・
あなたは子供みたいに、
一途な人だから、
放っておくと極まりまでいくのね
あなたが憎まれても、
かわいそうだと思って・・・」
(次回へ)