むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

17、タコツル

2022年01月14日 08時52分05秒 | 田辺聖子・エッセー集










・大阪弁の罵詈讒謗、悪口雑言、あくたれ口、
それらはすべて「ド」を接頭語に持ってくれば手っ取り早い。

ドアホ、ド畜生、ドタフク、ドタマ・・・
バリザンボウの言葉に上品なものがあるはずなく、
これらは下等野卑なる言葉であって、
教養人が軽々に口にすべきものではない。

しかし、重々の場合にはふんだんにまき散らすがよかろう。

巨人・阪神戦を見て、阪神ファンの大学教授、
阪神が例によって例のごとく、後半めためたと崩れ、
(阪神ファンは決まって胃を悪くする)教授は思わず、
「ド阪神め!」と口走り、
この場合なかなかよきものであった。

また、美しくあえかなホステス嬢、
可憐に「またいらして!」と客を送り出し、
ドアを閉めるが早いか「何さ、あのドタヌキ!」
などとつぶやくのも興趣つきぬ奥ゆかしい風情。


・接頭語「ド」
これに対し、接尾語には、
「くさる」「さらす」「けつかる」「こます」というのがある。

すべて動詞の連用形下につけて活用する。
「やがる」は江戸っ子も使うであろうが、
「さらす」は一段と語意が強い。

「何さらすねん」は「何をしやがる」よりぐっと迫力がある。

「けつかる」「こます」は上に「・・・して」がつく。
「何ぬかしてけつかる」

「こます」は自分のことをいう時だから、
「言うてこましたった」というように使う。

大阪弁の卑語、悪口語は古い歴史と由緒を誇り、
みな伝統を受け継いでいる。

歌舞伎にも「さらす」は出てくる。
「けつかる」も古い。

これは発音上「けっかる」とつまるのは今風で、
「けつかる」と発音するのは古い時代のもの。

さて、ケンカが口だけで終わらなくなり、
暴力が用いられると、更にいろんな表現に分かれる。

なぐる、叩く、こづく、の他に、どつく、どやす、しばく、はつる、
などがある。

ぶつ、という言葉は大阪弁ではなく、これは「叩く」である。

私は子供の頃、「キンダーブック」や講談社の絵本、
アンデルセン童話集など買ってもらい、本に親しみ、
都会っ子でいるつもりなのに、
祖母らと一緒に見た浄瑠璃「傾城阿波鳴門」の、
どんどろ大師の場が印象的であった。

同じような年ごろの子供が出てくるからであろう。
巡礼おつるが、

「悲しいことは一人旅じゃで、どこの宿でも泊めてはくれず、
野に寝たり、人の軒下に寝て叩かれたり・・・」

の下りまでくると涙が湧くのであった。

昔の大人は子供に対して冷酷で邪険であった。
私には庇護してくれる家族があったが、
身よりのない、さすらいの子供を「叩く」無惨な大人は想像出来た。

「どつく」も古い言葉で、大阪弁のケンカでは、
「どつき廻したろか」などと言う。

「どついたろか」を強めた言葉で、
別にどついて一回転させることではない。

「どつく」は「胴突く」か?
「どやす」も古い。

十返舎一九の「膝栗毛」にも、
「脳天どやいてこませや」などとある。

「どやす」も「どつく」も、なぐる、ぶつの意だが、
「どつく」はなぐる専門、「どやす」は雷を落とす、
油をしぼられるという意味もある。

「しばく」はなぐるともわずかに違い、
「ピシッ」「パシッ」というような鋭い殴打である。
ムチやヒモなどで打ち据えたりすると「しばかれた」という。

「はつる」これはもとは皮をはぐることから来たらしく、
上前をはねる、口銭を取るという意味。

「いわす」というのもある。
「あいつ、ちょっといわしたろか」というのは、
「やっつけてやろうか」という意味。
「いわされた」と言えば「えらい目にあった」になる。

「タコツル」タコを吊られるというのは、
叱られるの隠語であるが、なぜそう言うのか不明。

叱られた者が茹でダコのように赤くなるからだとも。

怒罵の言葉は男性専用は無くなりつつあるところに、
今日的意義がある。






          

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