むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

20、玉蔓 ⑧

2023年12月07日 09時16分46秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・源氏から夕顔の忘れ形見の姫君や女房たちへ、
贈り物の装束がさまざまもたらされた。

色合いや仕立てのよいものを選んで贈ったので、
田舎に長くいた人々の眼にはなおさら、
すばらしく見えた。

しかし、姫君は嬉しくなく、
心苦しいばかり。

「こんな立派なものを頂くより、
しるしだけでもいいわ、
これが本当のお父さまからのお気持ちだったら、
どんなに嬉しいでしょう。
それに、なぜ、見も知らぬ方の邸へ、
引き取られなければいけないの?」

と辛そうだった。

右近は姫君が、
しっかりした自分の考え、
意志を持っている人柄なのに、
好意を持った。

「でも、ここはやはり、
お招きに応じて、
あちらへお引き取られなすったほうが、
およろしいと存じます」

乳母や女房たちも、
口々にすすめた。

「源氏の大臣のお邸で、
りっぱなご身分になられましたら、
自然とお父さまのお耳にも入り、
親子の名乗りをなさる日も参りましょう」

となぐさめ、
ともかくお返事をとすすめると、
姫君は恥ずかしく思ったが、
乳母が出してきた唐の紙にしたためた。

「縁と仰せられますが、
数ならぬ身のわたくしがなぜ、
この世に生まれて苦労するのでしょう」

墨色もほのかな、手紙だった。

筆跡はまだ頼りなく、
固まっていなかったが、
上品で見苦しくなかったので、
源氏は安心した。

姫君を住まわせる所を源氏は考えた。

南の区画の紫の上がいる所は、
空いている棟はなかった。

六條御息所の忘れ形見の姫君、
今の中宮のお住居の一画は、
ここへ姫君を住まわせると、
中宮にお仕えする女房に間違われては、
気の毒である。

そこで、少し陰気だが、
東北の花散里の住居の西の対は、
文殿(図書室)になっている、
それをよそへ移して、
そこへ姫君を住ませようと思った。

相住みする花散里は、
つつしみ深いやさしい人柄なので、
仲良くできていいだろうと源氏は考えた。

紫の上に、
いまはじめて、
夕顔との昔の恋を語った。

紫の上は、

「まあ、そんなに深く、
お心にかくしていらしたことが、
おありでしたの?
わたくしには打ち明けて頂けなかったのね」

と恨んだ。

「それは無理だ。
生きている人のことでも、
聞かれないことは言えない。
まして亡き人のことだからね。
隠さず打ち明けるのは、
あなたを特別に思っているから」

源氏は夕顔のことを思うと、
いまなお愛憐の念に胸はしめつけられる。

「自分は色恋に足を取られまいと、
いましめてきたが、
その決心も守りにくくて、
ずいぶんいろんな女とかかわりを持ってきた。
しかし、その中でも、
あの夕顔ほど可愛くてならぬ女はいなかった。
今も生きているとしたら、
北の町に住む明石の上と同じくらい愛しただろう」

紫の上は、
かくも源氏の心を占めて、
死んでしまった夕顔よりも、
生きている明石の上に嫉妬していた。

紫の上は、
心の底では明石の上を、
いつも意識せずにはいられない。

しかし、そばで、
小さな姫君が、あどけない様子で、
無邪気に二人の話を聞いているのが、
可愛らしくて、

(何といっても、
こんなお子まで出来た仲だもの。
あの人をお愛しになるのも無理ないわ)

と思い直す。

これらは九月のことだった。 

童や女房など、
お付きの人々を探さねばならない。

筑紫では京から下ってきた人々など、
仕えさせていたが、
慌てて筑紫を出立するとき、
みな置いてきたので、
はかばかしい女房もいない。

姫君の素性は隠して、
まず右近の里の五條にそっと移し、
女房たちを選んで、
衣装もととのえ十一月に六条院に移った。

源氏は花散里に姫君のことを頼んだ。

「昔、愛した人が、
私の訪れないのを悲しんで、
山里に身をかくしてね。
小さい姫もいたものだから、
ひそかに探していたのだが、
とうとう年ごろになるまで行方が知れなかった。
それが思いがけぬ所から、
ありかがわかって、
こちらへ呼び寄せたのですが・・・
母も亡くしている子なのです。
わが子、夕霧の中将の世話も、
お願いしているのだから、
ついでにこの姫も面倒を見て、
いただけないだろうか」

「まあ、そんな方がおいでとは、
存じませんでした。
姫君がお一人きりでお淋しいことでした。
ほんとによろしゅうございました」

花散里はおっとりといった。

姫君の世話が出来ることを、
楽しみにしていた。

姫君は車三輌ばかりで、
六条院へ移ってきた。

右近がついているので、
供人の身なりなども、
美しく仕立てていた。






          


(次回へ)

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