・朝日新聞に、オランダ・ライデン大学コレクションの、
日本の幕末の写真のことが出ている。(1986年1月16日)
近々写真展があるそうである。
私は写真屋の娘のせいか、
古い写真に興味があって、
古本屋で売り出されたりしている、
「大阪の古写真」なんかを買うことがある。
この間、ニューヨークへ行った時にも、
骨董市で古い写真アルバムを買ってきた。
どこの誰ともわからないが、
家族の肖像らしく、ずいぶん古い。
人には、
「気色悪い。他人の写真なんか」といわれるが、
私はこれが道楽なんである。
向こうの人は家族の写真を売ることがあるのか、
古い写真がどっさりと、古い絵葉書などとともに、
店頭に積んであった。
そういえば日本の骨董屋・古道具屋でも、
出征兵士をかこんだ記念写真とか、
二重橋に出御された陛下、愛馬「白雪」にお召しになった、
若き日の軍服姿のお写真なんぞが、
額入りで店頭にあったりする。
私が見た中で一ばん古いのは、
明治天皇の皇女がたのお写真だった。
これは東北の骨董屋さんにあったが、
明治天皇は親王さんこそお一人だったが、
内親王はずいぶんたくさんいらっしゃる。
上は妙齢のおかたから、
下はややさんまで写っていらした。
この前に出た小学館の「百年前の日本」は、
モース・コレクションで、これも楽しめたが、
こちらは純然たる明治以後のものである。
そこへくると、
ライデン大学の領事だったボードウィンが集めていたので、
安政五、六年ごろから明治維新というから、
いっそう古い。
生麦事件の現場写真やヒュースケンの遺体写真もあるという。
新聞には下関戦争の写真が載っている。
仏米蘭の連合艦隊の水兵であろう。
維新のころの写真ほど面白いものはない。
ことに肖像写真が面白い。
ライデン大学のコレクションには、
諭吉や慶喜、長州藩主の毛利父子などがあるというから、
楽しみだ。
「なんでそんなもんが、おもろおまんねん」
カモカのおっちゃんは不審そうであるが、
だって写真や考古学の出土品は、
「のっぴきならぬ」「ごまかしようのない」
ところがあるやないの、そこが魅力である。
現代の写真は、やらせや合成があるが。
いや、モース・コレクションは、外人好みの、
演出があるといわれるが、それは見ればわかる。
しかし肖像などというのはごまかせないから、
限りなく興味をかきたてる。
明治維新は全く、歴史上の出来事としか思えないのに、
これを写真で見られるとなると、昂奮しないではいられない。
欲をいうと、
私は平安時代の写真があったら、どんなによかろう、
と夢想しているのである。
そんなわけで、お酒を飲みながら、
かつ、当時の写真家ベアト写すところの四カ国連合艦隊の、
下関砲台占領の百二十年前の写真を見ながら、
話はおのずと明治維新のことになる。
といったって、私はくわしい歴史は知らない。
私の知識はみな時代小説、歴史小説から出来上がっている。
だから作者のフィクションも往々史実と思い込み、
「〇〇には恋人がいたんですね」
などと架空の人物を実在と混同して恥をかく。
いいかげんなものである。
おっちゃんのほうは、
維新というと、西郷と大久保の話に落ち着く。
「大久保はんの写真も、
ライデン大のコレクションにありますか」
なんて聞く。
「さあ、それは何とも書いてません。
オランダ関係が多いようやから。
しかしそういえば、西郷さんの顔はすぐ思い浮かぶのに、
なんで大久保さんの顔は思い出せないんでしょ」
「大久保はんは人気がないからや。
かしこい人は人気がない」
「西郷さんは一生をトータルすると、辻褄の合わない人ね。
自分が一生懸命作り上げた維新と明治政府、
ちゃんと出来上がって、いよいよこれからという時に、
ストンと手放してしまって、野に下ったりする。
何や、かしこいのか、アホか、ようわからん、
というところがありますね」
「見かたによって、どうともかわるところが、
西郷はんのえらいところで」
しかしおっちゃんは、何が何でも西郷さんびいき、
というのではないのである。
「大久保はんから見たら、
そら、西郷はんはアホかもしれん。
大久保はんは近代国家を作るという青写真がある。
しかし西郷はんは、そんなことより、
政府高官、金持ちになりとうない、とか、
苦労した下級武士の仲間をほっとかれへん、とか、
どうでもええ、ことばかりにとらわれてる。
大久保はんからみたら、
何でここがわかってくれへんのや、と、
イライラしたやろ、思いますなあ」
そういう話を、長崎出島の写真など見つつ、
のんびり交わす。
「でも百年経ってみて、やっぱり人気あるのは西郷さんですね」
「そればっかりやない、
大久保はんが何ぼえらいいうても、
西郷はんという段階あってこその大久保で、
ものはすべて段階がある。
大久保はんが一足飛びに何でもでけへんのです。
西郷はんは大久保はんの段階になった」
おっちゃんはおごそかにいう。
しかし百年も経つと、
その結果も段階も飛んでしもて、人間の魅力だけ残る。
「維新のころの男の顔でいうと、私は島津斉彬がいいな。
殿さま顔だけど、榎本武揚も渋い」
維新漬けの一夜でした。
外は木枯らし、マグロのぶつ切りのねぎま鍋である。