むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

15、ぼろくち

2022年01月12日 09時43分06秒 | 田辺聖子・エッセー集










・大阪人が顔を合わせると「こんにちは」の代わりに、
「もうかりまっか」と挨拶する。または「お出かけ?」「ちょっと」
などと言い、あるいは「毎度」と言う。

商人同士の会話の冒頭に「もうかりまっか」という。
そういわれて「もうかってます」という阿呆はおらん。

「ぼちぼちですな」というのが、かなり儲かっている奴、
「トントンいうとこですわ」は、ちょっと儲けてる人、
「泣き泣きですなあ」というのも、まず儲けてる。

本当に儲けてない向きは「あきまへん」と口走る。
大阪人とあらば、誰でも彼でも「もうかりまっか」
と言い交わすわけではない。

金儲けに疎い奴、金に縁のない、金儲けに関心ない、そういうのも多い。
明次二十八年ごろのこと、「大阪にないもの一覧表」というのがあった。

一、華族
二、大臣
三、博士
四、ガス燈
五、二頭馬車
六、図書館
七、眼がね橋
八、洋装婦人
九、先曳の車
十、洋食屋
十一、鉄道馬車
十二、一現の客
十三、車上読書
十四、横綱力士
十五、馬車令嬢(深窓のいとはんは他出しない)
十六、板葺屋根
十七、新聞号外
十八、東照権現(豊太閤ご城下)

そして、現代なら、私は学生をあげたい。
京都や東京から見ると、学生は大阪には少ない。

今どきの若者「金はなくとも夢はある」という子はいなくなった。
その少ない学生たちが「もうかりまっか」と言い合う。

こういう言葉は反語的に使われることが多く、
「もうかりまっか」と問われて、
「もうかってもうかって、しょうまへん」という答え方もある。

また「あきまへん。何ぞボロクチおまへんか」と反問する手もある。


・ぼろくち、はぼろい儲け口のこと。

これは便利な言葉で、
長尻の客にじれじれしている時、電話がかかる。
「すんまへん、ぼろくち、ぼろくち」と席を起つ。
客も帰らなければ仕方ない。

ぼろくち、ぼろくちというから、
何か商売上の秘密に触れると思い、
人は遠慮するから都合がいい。

ぼろい、ぼろくち、はどんな所から出たか、

「使い古した役に立たぬ衣服や布きれをボロといい、
その破れたさまをボロボロというが、
そうした役に立たぬものを高価に売り込むところから、
ぼろい儲け、という語が生じた」

「元手、労力のわりに利益が大きいこと」

何の苦もなく楽勝したことを「ボロ勝ちやなあ」という。

「もうかりまっか」の代わりに現代では、
「何ぞ、ぼろくちおまへんか」と人々は言い合う。

しかし、昔から一獲千金を卑しめる人も多く、
そういう人は節約に励む。そういう人を「しぶちん」という。

ケチとしぶちんは違うと知人男性はいう。

「節約倹約に励んで金を貯めるのがケチ、
そうして貯めた金をぱっと使うのがしぶちん」だそうである。

「たとえば、茶の代わりに白湯を飲み、
腹の減るのを用心して大きな声でものも言わず、
靴の傷むのを恐れてはだしで歩く、
そうやって金を貯めてじっと抱いてにんまりしているのがケチ。
そいつをぱ~っと散在して次なるぼろくちにそなえるのがしぶちん」

なるほど。

「そのケチぶりをいちいち世間に披露して、
カガミとせよ、などと説教するのがケチ。
万人にケチをすすめ、ケチ哲学を吹聴する拝金の徒などはあかんのです」

「しぶちんの方が上?」

「むろんです。しぶちんというのは渋人、ではないですか。
そうじて自分のものを出し渋る人」

ほんとかなあ?






          

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