むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

14、あかめつる

2022年01月11日 09時33分11秒 | 田辺聖子・エッセー集










・あかめつる、は赤目吊る、血相変えた状態を示す。

「浪花方言大番付」には、不仲になる、とあるが、
これは赤目吊った結果の話で、むしろ赤目を見せていがみ合うが正しい。

「えらい赤目吊って、ボロクソに言いよんねん」と使うと、
目を血走らせて、肩をいからしている状態。

しかも、そういう間に、ちゃんと相手の目の色まで、
見届けているということで、余裕のあることだから、
実景描写におかしみが添う。

あるいは、いきりたつ相手に、
「そない赤目吊って言わんでもよろしやないか」
となだめている時、ふと相手におのれをふり返らせる機会を与える。

当節の若いサラリーマン、そういう若者が増えるものだから、
上司の年輩者が赤目吊って働かねばならないことになり、
私は中年者に同情し、中年男女のために気を吐くことになる。

標準語には訳しにくい。

「そう赤目吊って言いなはんな」
となだめると、おかしみが添うが、
「血相変えて言わなくてもいいじゃないですか」
と言うと、相手を批判することになり、
相手はますますいきり立つであろう。


・大阪弁の特徴は三つある、と私は思っている。

一つ目、自分のことを言うのに他人風な言い回しをする。
ケンカの時など、「おい、ワシにも言わせたれや」と言う。
「言わしたれ(言わせてやれ)」はおのれのこと。

また面白いものを見ていると、「ボクにも見せたってえな」と言う。

二つ目、水をぶっかけること。
何にでも水をかけ冷静にしてしまう。
一瞬、ひるむ、そういう語が多い。

三つ目、即物的なこと。
血相変えて、というより、赤目吊って、と言うほうが即物的。
ちょっぴり、と言えばいいものを「目々くそ」という。

「目々くそほどの金くれて、えらそうにぬかしよんねん」
汚い言葉だが、感じとしてはよく捉えられている。

小便しよった、と言うと、商談成立したものを水に流す、解約すること。
もっとどんならんものは(どうにもならないものは)、
ババかけよった、と言う。
これは品物だけ取り込んで、代金渡さん悪質なものを指す。

どちらにしても、かんばしい言葉ではない。


・私の好きな大阪弁に「スカ」がある。
(スカタンもここから出ている)

あてはずれ、期待はずれ、食い違い、破約、などの意で、
大阪人はこの言葉をよく使う。

子供の頃、駄菓子屋に「当てもん」があった。
スピードくじ、三角くじ、というようなもので、
袋をびっと破くと、中に小さな赤いゴム印が押してあり、
それが「当たり」だが、私はスカくらいの名人で、
当たったことがない。

当たらぬのを「スカ」と言う。
当たりの商品はブリキのおもちゃとか、セルロイドの飾り櫛など。

私はセルロイドの赤い花のついたヘアピンが欲しくて、
どうかして当てたいと駄菓子屋へ通った。

母に言えば買ってくれたかもしれないが、
当てもんで得た方がずっと嬉しい。

私は今でも小間物屋の前を通るとき、
子供用の飾りピンに見とれて通る。

くじに縁のないわたしが、
芥川賞に当たったのは一世一代の僥倖であった。

今だから白状するが、受賞の知らせを受けた時、
子供の頃の「当てもん」の袋を破って、
「当たり」の赤い印が出た気分で、実に嬉しかった。

知り合いの男性は、
「そういうことを言わぬほうがよろしい。
文学賞の品位にかかわる」と注意した。そして、

「ボクなどであると、スカ食らうというのは、
待ち合わせですっぽかされた時に使いますな」






          

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