・あかめつる、は赤目吊る、血相変えた状態を示す。
「浪花方言大番付」には、不仲になる、とあるが、
これは赤目吊った結果の話で、むしろ赤目を見せていがみ合うが正しい。
「えらい赤目吊って、ボロクソに言いよんねん」と使うと、
目を血走らせて、肩をいからしている状態。
しかも、そういう間に、ちゃんと相手の目の色まで、
見届けているということで、余裕のあることだから、
実景描写におかしみが添う。
あるいは、いきりたつ相手に、
「そない赤目吊って言わんでもよろしやないか」
となだめている時、ふと相手におのれをふり返らせる機会を与える。
当節の若いサラリーマン、そういう若者が増えるものだから、
上司の年輩者が赤目吊って働かねばならないことになり、
私は中年者に同情し、中年男女のために気を吐くことになる。
標準語には訳しにくい。
「そう赤目吊って言いなはんな」
となだめると、おかしみが添うが、
「血相変えて言わなくてもいいじゃないですか」
と言うと、相手を批判することになり、
相手はますますいきり立つであろう。
・大阪弁の特徴は三つある、と私は思っている。
一つ目、自分のことを言うのに他人風な言い回しをする。
ケンカの時など、「おい、ワシにも言わせたれや」と言う。
「言わしたれ(言わせてやれ)」はおのれのこと。
また面白いものを見ていると、「ボクにも見せたってえな」と言う。
二つ目、水をぶっかけること。
何にでも水をかけ冷静にしてしまう。
一瞬、ひるむ、そういう語が多い。
三つ目、即物的なこと。
血相変えて、というより、赤目吊って、と言うほうが即物的。
ちょっぴり、と言えばいいものを「目々くそ」という。
「目々くそほどの金くれて、えらそうにぬかしよんねん」
汚い言葉だが、感じとしてはよく捉えられている。
小便しよった、と言うと、商談成立したものを水に流す、解約すること。
もっとどんならんものは(どうにもならないものは)、
ババかけよった、と言う。
これは品物だけ取り込んで、代金渡さん悪質なものを指す。
どちらにしても、かんばしい言葉ではない。
・私の好きな大阪弁に「スカ」がある。
(スカタンもここから出ている)
あてはずれ、期待はずれ、食い違い、破約、などの意で、
大阪人はこの言葉をよく使う。
子供の頃、駄菓子屋に「当てもん」があった。
スピードくじ、三角くじ、というようなもので、
袋をびっと破くと、中に小さな赤いゴム印が押してあり、
それが「当たり」だが、私はスカくらいの名人で、
当たったことがない。
当たらぬのを「スカ」と言う。
当たりの商品はブリキのおもちゃとか、セルロイドの飾り櫛など。
私はセルロイドの赤い花のついたヘアピンが欲しくて、
どうかして当てたいと駄菓子屋へ通った。
母に言えば買ってくれたかもしれないが、
当てもんで得た方がずっと嬉しい。
私は今でも小間物屋の前を通るとき、
子供用の飾りピンに見とれて通る。
くじに縁のないわたしが、
芥川賞に当たったのは一世一代の僥倖であった。
今だから白状するが、受賞の知らせを受けた時、
子供の頃の「当てもん」の袋を破って、
「当たり」の赤い印が出た気分で、実に嬉しかった。
知り合いの男性は、
「そういうことを言わぬほうがよろしい。
文学賞の品位にかかわる」と注意した。そして、
「ボクなどであると、スカ食らうというのは、
待ち合わせですっぽかされた時に使いますな」