・この近くの薫の所領の、
荘園を管理している者たちが、
料理を詰めて献上してくる。
弁の尼のほうにも差し入れたたのを、
姫君の一行にも食べさせ、
弁の尼は姫君の部屋へ行った。
さきに女房がほめていたが、
なるほど弁の尼は、
小ざっぱりと美しく、
老いても眉目よく品がある。
のぞき見している薫はそう思った。
年配の女房が姫君を起こすと、
やっと姫君は起きた。
尼君にはにかんで、
顔を脇へ向けている。
その横顔が薫の方からよく見えた。
(大君そのままじゃないか)
全体の感じがまことに、
大君のおもざしそのまま・・・
薫は涙が出た。
尼君に受け答えする声は、
中の君にもよく似ている。
限りない喜びが湧きおこり、
薫は胸がせきあげた。
姫君の姿が大君にかぶさる。
(ああ、この世に生きていらした。
あなたはやっぱり、
生きていて下さったのですね)
尼君は少しばかり、
姫君と話して、
そそくさと退いた。
日も暮れたので、
薫もその場を離れ、
弁の尼を呼んで、
一行のありさまなどを聞いた。
「いつか頼んでおいたことは、
伝えてくれましたか」
「承りましたこと、
この二月、初瀬詣での時、
対面いたしました。
あなたさまの思し召しを、
それとなく伝えましたところ、
大君さまにそえて頂くのは、
勿体ないこと、
などと申しておりました。
ちょうどその頃は、
あなたさまもおめでたの所とて、
ご遠慮しまして、
報告はいたしませんでしたが、
この四月にまたお詣りで、
今日お帰りになるのです。
初瀬詣での行き帰りは、
ここを中宿りにして、
親しくお泊りになりますのも、
亡き父宮さまの御ゆかりを、
慕わしくお思いになっての、
ことでございましょう。
母君はご都合悪く、
このたびはおいでになれませんで、
姫君お一人でご参詣のようですから、
あなたさまのおいでのことも、
先方にお話するわけにもいかず」
「さて、どうしたものか。
私の忍んだ姿を見られたくない、
と思って口止めしたのだが、
姫君お一人なら却って、
気兼ねなしにお話できる、
というものじゃないか。
伝えてくれないか」
「また、急なこと」
弁の尼は笑って、
「それじゃお伝えしましょう」
(了)