むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

20、子供時代 ③

2022年05月31日 07時34分04秒 | 田辺聖子・エッセー集










・下の娘たち二人はいま、小学五年と四年である。
上の娘はわかったような、わからぬことをいう。

この間も論争した。

「タンキ大学て、なあに?」と娘。

「早く卒業する大学。
二年の短期。
期間が短いから、キが短いと書いて短期」

「早う出たいと思う人が行くのでしょう」

「そうそう」

「それでタンキなのね、気の短い人がいくとこね」

と短期大学を思っている。
話の筋は通っているが、生理日を整理日と思って、

「いつもきれいにしてるよっ!」

と抗議するのであるが、
これもそのつもりで私が注意したのであるから、
いうことのスジは通っているのがおかしい。
もっとも彼女はまだいまのところ、縁がない。

下の四年娘は末っ子のせいか幼稚で、
この間まで、まちがわぬように手の左右に、
マジックで右、左と書いていた。

この姉妹が二段ベッドの上下に分かれて、
ひそひそ声で、就寝前のおしゃべりをしている。

女という女は、少女時代のやさしい思い出を、
そそられずにはいられないような、おしゃべりである。

「あのなあ、わたし、
きれいなお姫さんでお城の中で一人で寝てるねんで」

「お姫さま、よくおやすみになれるでしょうか。
窓のカーテンをお閉めいたしましょうか。
はあ?お寒うございますか、
お城の中はよく風が吹きますこと」

「一人ぼっちでさびしいわ。
まだ王子さまは見えないのかしら」

ベッドが大きいので、
娘たちはどこに埋もれたかと思うほど、
小さくなって眠っていた。

やがてこの子らも、
妻になり母になったときに、
ふとある一瞬、自身の子供時代の姿に、
めぐりあうことがあるのであろうか。






          


(了)

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