スイス時計産業のひとつの形態にマニュファクチュール(自社一貫生産)がある。
これは少なくとも1種のエボーシュ(機械の大本)を自社で開発、製造するメーカーを意味するが、機械式時計が息を吹き返した今日、マニュファクチュールをめざす新進メーカーも見みられる。
1833年の創業以来今日まで、継続することを礎に発展するジャガールクルトの”自社一貫体制”の意義。
二世紀以上にわたる時計史のなかで、これまでジャガールクルトが残した功績は、実に多大なものがある。パテント数だけを見てもその数は優に150を越え、開発されたムーブメント数は250以上にも及ぶ。その触りを。
1833年 ル・サンティエにてアントワーヌ・ルクルトが創設
1903年 世界一の極薄ポケットウォッチ用ムーブメントを開発
1925年 二層式ムーブメント「デュオプラン」発表
1928年 ゼンマイ巻上げ不要「アトモス」発表
1929年 世界最小ムーブメント「キャリバー101」発表
1931年 反転ケース「レベルソ」誕生
1931年で止めたのは、ジャガールクルトといえばこの「レベルソ」無しには語れないからです。70年経っても色あせないのはこの時計ぐらいでしょうか。
実は今回、その「レベルソ」を介して、1833年創業のマニュファクチュールメーカー”ジャガールクルト”と、1890年創業の”林時計鋪”が志一つとする事になったのです!
この画像はレベルソの初期の広告ビジュアル。
クルリと反転する独創的なケース構造は、発売当時一大センセーショナルを巻き起こしました。現存するアール・デコデザインの伝説は、すべてこの写真から始まったのです。
トテモ好きな広告です。
・・・で、肝心な話は?
ご期待下さい。もう第四コーナーを曲がったところですから。
これは少なくとも1種のエボーシュ(機械の大本)を自社で開発、製造するメーカーを意味するが、機械式時計が息を吹き返した今日、マニュファクチュールをめざす新進メーカーも見みられる。
1833年の創業以来今日まで、継続することを礎に発展するジャガールクルトの”自社一貫体制”の意義。
二世紀以上にわたる時計史のなかで、これまでジャガールクルトが残した功績は、実に多大なものがある。パテント数だけを見てもその数は優に150を越え、開発されたムーブメント数は250以上にも及ぶ。その触りを。
1833年 ル・サンティエにてアントワーヌ・ルクルトが創設
1903年 世界一の極薄ポケットウォッチ用ムーブメントを開発
1925年 二層式ムーブメント「デュオプラン」発表
1928年 ゼンマイ巻上げ不要「アトモス」発表
1929年 世界最小ムーブメント「キャリバー101」発表
1931年 反転ケース「レベルソ」誕生
1931年で止めたのは、ジャガールクルトといえばこの「レベルソ」無しには語れないからです。70年経っても色あせないのはこの時計ぐらいでしょうか。
実は今回、その「レベルソ」を介して、1833年創業のマニュファクチュールメーカー”ジャガールクルト”と、1890年創業の”林時計鋪”が志一つとする事になったのです!
この画像はレベルソの初期の広告ビジュアル。
クルリと反転する独創的なケース構造は、発売当時一大センセーショナルを巻き起こしました。現存するアール・デコデザインの伝説は、すべてこの写真から始まったのです。
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