しもと【葼】と【笞】
萩原義雄識
平安時代の源順編『倭名類聚抄』に、標記語「葼」と「笞」の語を次のように記載している。
【翻刻】
笞 唐令云笞[音知和名之毛度]大頭二分小頭一分半〔巻十三・調度部上第22・刑罸具第177・16丁裏7行目〕
笞 唐令云笞[音知 之毛度]大頭二分小頭一分半〔卷五・調度上・刑罸具〕
枝條 玉篇云枝柯[支哥二音和名衣太]木之別也纂要云大枝曰幹[音翰和名加良]細枝曰条[音迢訓与枝同]唐韻云葼[音聰和名之毛止]木細枝也〔巻二十・草木部第32・木具[草具附出]第二四九32丁表4行目〕
枝条 玉篇云枝柯[支哥二音 衣太]木之列也纂要云大枝曰榦[音翰 加良]細枝曰條[音迢訓与枝同]唐韵云葼[音聡 之毛止]木細枝也〔十・草木下・木具〕
【訓み下し】
笞 『唐令』に云はく、「笞〈音は知、之毛度(しもと)〉」の大頭は二分、小頭は一分半といふ。
枝條 『玉篇』に云はく、「枝柯〈支歌の二音、和名衣太(えた)〉」は木の列なりといふ。『纂要』に云はく、大枝を「幹〈音は翰、和名加良(から)〉」と曰ひ、細枝を「条〈音は迢、訓は枝と同し〉」と曰ふといふ。『唐韻』に云はく、葼〈音は聡、和名之毛止(しもと)〉は木の細き枝なりといふ。
小学館『日国』第二版引用の『和名抄』の記載は、此処では廿卷本を用いて、
二十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)年頃〕巻第二〇
「枝条 玉篇云枝柯〈支哥二音和名衣太〉木之別也、纂要云大枝曰レ幹〈音翰和名加良〉細枝曰条〈音迢訓与枝同〉、唐韻云葼〈音聰和名之毛止〉木細枝也」
と記載する。此処で、十卷本『倭名類聚抄』との大きな相異は「和名」の用語の有無にあり、その他は同じという語注記となっている。
さて、契沖『万葉代匠記』卷第六〔万葉集巻十四・三四八八番〕に、
於布之毛等 許乃母登夜麻乃 麻之波爾毛 能良奴伊毛我名 可多爾伊氐牟可母
おふしもと このもとやまの ましはにも のらぬいもかな かたにいてむかも
【新潮古典集成口語訳】
大地に茂ったしもとの山ふもとの、その柴の名のように、しばしば口に出したわけでもないあの娘の名が占兆に現われはしないだろうか。
契沖『万葉代匠記』卷第六
〈((朱))發句ハ〉オフ〈((朱))ル〉(((朱消))ハ生)シモト(((朱消))ナリ)(((朱消))ハ)和名集云。唐韻云葼〈音聰。和名之毛登〉木ノ細枝也。景行紀云。是((こ))ノ野((の))に也、麋鹿(オホシカ)甚多(ニヘサナリ)。氣((いき))ハ如((ごとく))二朝霧((あさぎり))ノ一、足((あし))ハ如((ごとし))二茂林(シモトハラ)ノ一。雄略紀云。今((いま))近江ノ來田綿((くたわた))ノ蚊屋野((かやの))ニ、猪鹿(シヽ)、多((さは))ニ有((あ))リ。其ノ戴((ささ))グル角、枯樹((かれき))ノ末((えだ))ニ類(ニ)タリ。其((そ))ノ聚((あつま))レル脚((あし))、如((ごと))シ二弱木林(シモトハラ)ノ一。清少納言ニ云、桃ノ木ワカタチテイトシモトカチニ指出タル云々。延喜式ニハ楉ノ字ヲシモトヽヨメリ。罪アル者ヲ打笞(シモト)モ(((朱消))此〉シモトハカリノ細サナレハ、同シ名ニナルヘシ。サテ此ハ木本山トツヽケム料ニオケリ。マシハニモトハ眞ノ字ヲ取ラムタメニテ柴ハ用ナケレド(((消))證文ナト引時ノ同文故來ノ例欤)〈後ノ〉哥ニモ人ニハ告ヨアマノ釣舟トヨメル類多シ。マサダニモ妹カ名ヲハ名ノラネトモ、兆(ウラカタ)ナトニヤアラハレムトヨメル欤〔第六卷一〇八頁〕
として、「和名集」の書名で引用する。他に、『日本書紀』景行紀や雄略紀、「清少納言(『枕冊子』)」などを引用して此の万葉和歌の初句「之毛等」について解説する。此処で、契沖が引用した「しもと」だが『和名抄』の真名漢字表記を「之毛登」としていて、「止」字を「登」字にして記載する点に着目したい。「和名」の用語を使っているからして、二十卷本系と判断し、那波道圓の古活字板ではない別資料かと次に推断し、二十卷本写本類に着目して検証することにした。また、契沖『和名抄釋義』〔棭齋舊所持本写本〕を以て確認するに、
枝條 与肢同訓
と記載するのみに過ぎない。
伊勢廣本、山田本、大東急記念文庫蔵天正四年菅為名写本類を対象に調査する。
山田本「枝條」の「之毛止」〔草木部木具類〕
枝條 玉篇云枝柯[支哥二音和名衣太]木之別也[平]纂要云大枝曰榦[音幹和名加良]細枝曰条[音超訓与枝同]唐韻云葼[音聡和名之毛止]木細枝也〔巻二十・草木部第32・木具[草具附出]第二四九〕
天正本(大東急記念文庫蔵)「枝條」の「之毛止」〔草木部木具類〕
枝條 玉篇云枝柯[支哥二音和名衣太]木之別也[平]纂要云大枝曰幹[音幹和名加良]細枝曰條[音超訓与枝同]唐韻云葼[音聡和名之毛止]木細枝也〔巻二十・草木部第32・木具[草具附出]第二四九〕
伊勢廣本(神宮文庫蔵)「枝條」の「之毛止」〔草木部木具類〕
枝條 玉篇云枝柯[支哥二音和名衣太]木之別也[平]纂要云大枝曰幹[音幹和名加良]細枝曰條[音超訓与枝同]唐韻云葼[音聡和名之毛止]木細枝也〔巻二十・草木部第32・木具[草具附出]第二四九〕
とあって、孰れも真名体漢字は「之毛止」と云うことであり、契沖の「登」字表記例は確認されない。またこの箇所を別字「圡」で表記する松井本(十巻本系)があり、次に示しおくと、
松井本(十巻本系)
枝條 玉篇云枝柯[支哥二音衣太]木之列也纂要云大枝曰榦[音翰加良]細枝曰條[音迢訓与枝同]唐韵云葼[音聡之毛止]木細枝也〔十・草木下・木具〕
とする。真名体漢字が異なる「之毛登」の表記は、現段階では、契沖だけの書記に基づく記述ということも云えそうだ。
あと、『和名抄分音』第三冊では、
シモト 笞 刑罰具百七十七 葼 木具三百四十九
として、同訓異字の『和名抄』所載を明らかにしている。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
しもと 【葼・楉・細枝】〔名〕枝のよく茂った若い木立。若い小枝の長く伸びたもの。すわえ。*万葉集〔八C後〕一四・三四八八「生ふ之毛等(シモト)この本山の真柴にも告(の)らぬ妹が名象(かた)に出でむかも〈東歌〉」*二十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕二〇「枝条 玉篇云枝柯〈支哥二音 和名衣太〉木之別也、纂要云大枝曰レ幹〈音翰 和名加良〉細枝曰条〈音迢訓与枝同〉、唐韻云葼〈音聰 和名之毛止〉木細枝也」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔一七四六(延享三)〕五「桜の枝のしもとをふり上追っ立追っ立追い逈し」【方言】(1)薪にする柴(しば)。《しもと》但馬†113(2)小屋掛けや稲架(はさ)作りに用いる丸太。棒材。《しもと》島根県石見725(3)稲架の横木。《しもと》兵庫県赤穂郡660(4)柴垣や屋根ふきに用いる細い木。《しもと》長崎県五島917(5)屋根をふく竹。《しもと》愛媛県周桑郡844(6)土壁の下地に組む竹。《しもと》島根県隠岐島725(7)太いしの竹。《しもと》宮崎県東諸県郡954(8)植物、とくさ(木賊)。《しもと》大分市941【語源説】(1)「シゲモト(茂本)」の略〔万葉考・雅言考・和訓栞・大言海〕。「シモト(茂幹)」の義〔言元梯〕。(2)シモト(枝本)の義〔紫門和語類集〕。【上代特殊仮名遣い】シモト(※青色は甲類に属し、赤色は乙類に属する。)【辞書】字鏡・和名・色葉・名義・文明・伊京・饅頭・黒本・書言・言海【表記】【楉】字鏡・色葉・名義・文明・伊京【葼】和名・色葉・名義・書言【笈】文明・饅頭・黒本【笞】和名・文明・黒本【蕃】名義【楚】文明【弱木】書言【葼楉】言海
※【笞】字の『和名抄』は筆者が上記用例に基づき補筆している。