【研究結果から見る、脳の若返り法】
認知症を予防し脳を老化から守る
「食事パターン」とは?医師が解説
さまざまな研究結果から、認知症に予防効果があると
有力視されている食材があることを知っていますか?
『若返りの医学 ―何歳からでもできる長寿法』(さくら舎)より、
医学的エビデンスに基づく、脳を老化から守る食べ方について紹介します。
穀類少なめ、乳製品多めが有効
食事パターンに着目した研究において、「地中海式食」の有効性が報告されています。
地中海式食とは、おおむね「旬の野菜や果物、豆類、種実類を多く摂取し、
オリーブオイルをおもな油脂して使い、魚介類や豚肉、乳製品は適量を、
赤身肉は少なめに、食事中に適量のワインを摂取する食事」のことを指しています。
日本の高齢者を対象とした久山町研究では、「牛乳・乳製品、豆類、野菜、海藻類を多く含み、
お米とお酒は控えめに摂取する食事」において、
その後の認知症発症リスクが低かったことが報告されています。
これは、お米を食べるとすぐに認知症になるということではなく、
同じ摂取カロリーであれば、ご飯や麺類などを少なめにして
乳製品や豆類など予防効果のある食品を増やす食事パターンが
望ましいことを意味しています。
カマンベールチーズの絶大な認知症予防効果
認知症予防効果のある機能的な食品の中でも、もっとも有力視されているのが乳製品です。
近年、「乳製品を食べる習慣のある人は老後の認知機能が高く、
認知症発症のリスクが低い」という疫学的な報告が国内外でなされています。
久山町研究でも、牛乳・乳製品をある程度(100~200mL)摂取している人は、
アルツハイマー病の発症が約40%少ないという結果が出ています。
そんな中、東京大学と日本の企業(キリン)との共同研究チームによって、
乳製品の中でもとくに「カマンベールチーズ(白カビ発酵チーズ)」に
認知機能を改善したり予防する効果のあることが突きとめられました。
まず、チーズの発酵工程ではさまざまな「乳由来ペプチド」が生じます。
ペプチドとは、アミノ酸がいくつもつながったもので、タンパク質が分解されたものです。
ヨーグルトの上澄みにできる液体のことをホエイ(乳清)といいますが、
ホエイに含まれるタンパク質が「乳由来ペプチド」です。
これがチーズができる過程でも生じます。
健忘症のマウスにこの乳由来ペプチドを加えたエサを与えたところ、
記憶機能改善効果が確認されたそうです。さらに、同研究チームは
多様な乳由来ペプチドの中でも効果が高いものとして「βラクトリン」を発見。
βラクトリンの中でもとくに活性の高い「GTWYペプチド」には、
海馬や前頭前皮質のドーパミンなどの量を増加させることで
「空間記憶」「作動記憶(=ワーキングメモリ)」「エピソード記憶」
などを改善する効果のあることを認めたそうです。
「空間記憶」というのは、目的のものを探す、目的地に向かう、家に戻るなど、
日常生活の至る場面で駆動する記憶で、障害されると徘徊などを引き起こします。
「作動記憶(=ワーキングメモリ)」は、作業や動作に必要な情報を
一時的に記憶・処理する能力で、会話、読み書き、計算などの
日常のあらゆる判断や行動にかかわっていますが、加齢とともに機能が衰えるものです。
また「エピソード記憶」は、体験した出来事に関する記憶で、
障害されると食事をしたことを忘れるなど、最近の出来事を忘れてしまいます。
こういった記憶を、GTWYペプチドは改善する効果があるというのです。
GTWYペプチドは、各種発酵乳製品に含まれますが、
とくに含有量が多くなおかつ日常的に摂取しやすいのがカマンベールチーズです。
なお、「ブリー(青カビ発酵チーズ)」もGTWYペプチドの含有量が多く、
未確認ながらカマンベールと同様の効果を期待できます。
カマンベールチーズの有効性はほかの研究によっても確かめられています。
東京都健康長寿医療センターや日本企業(明治)などによる研究グループでは、
認知機能との関連性が報告されているBDNF(脳由来神経栄養因子)に着目。
都内の70歳以上の軽度認知機能障害の女性71人を2つのグループに分け、
一方にカマンベールチーズ、もう一方にプロセスチーズを1日約30g(2ピース)ずつ、
3ヵ月食べてもらって血中のBDNFの値を測定、
そして食べない期間を3ヵ月あけてグループを入れかえ、同様の試験を実施したところ、
カマンベールのグループは血中BDNFの値が約6%増え、
プロセスチーズでは逆に約2%の減少傾向が示されたそうです。
ちなみに、キリンの脳研究から誕生した、記憶力を維持する機能性表示食品
「協和発酵バイオβラクトリン」が発表されています。
なお、キリンはこの研究にて2021年度の日本抗加齢医学会研究奨励賞を受賞しています。
毎日1本の牛乳が脳を守る
牛乳などの乳製品には、ほかにも認知症予防の効果があるとみられる
栄養成分が含まれています。 国立長寿医療研究センターなどの共同研究チームによって、
牛乳などの乳製品に含まれる「短鎖脂肪酸」「中鎖脂肪酸」には
認知機能低下を抑制する効果が認められたと報告されました。
短鎖脂肪酸は、乳製品以外にはほとんど含まれない特徴的な成分で、
腸内の環境を弱酸性にすることで悪玉菌の増殖を防ぎ、
腸内の炎症を抑える作用があるとされています。
中鎖脂肪酸も牛乳・乳製品に多く含まれ、一般的な油に含まれている
脂肪酸(長鎖脂肪酸)と比べて分解されやすく、
短時間でエネルギーになるため身体に脂肪をつきにくくする効果があります。
同研究チームが、認知機能の低下リスクが高まる60~70代の高齢者1000人を対象に
食事記録調査を行ったところ、脂肪の摂取量が1日あたり14.8g増えると、
認知機能の低下リスクを約18%抑制することがわかりました。
続いて、短鎖脂肪酸について調べると、平均摂取量370㎎に対し
1日あたり297.3㎎上がるごとに認知機能の低下リスクが14%抑制され、
さらに、中鎖脂肪酸についても平均摂取量302㎎に対し
1日あたり231.9㎎上がるごとに認知機能の低下リスクが16%抑制される結果が出ました。
また、短鎖脂肪酸の一種である酪酸については、1日あたり約180㎎上がるごとに
認知機能低下リスクが約15%下がることがわかったとのことで、
これは牛乳コップ1杯未満の150gに含まれる分量です。
これらの導き出された結果と、前述の久山町研究の結果とを合わせると、
毎日100~200mLの牛乳を飲むことが認知症の予防に有効だといえます。
さらに、久山町研究によって、牛乳・乳製品に多く含まれ
るカルシウム、カリウム、マグネシウムを多くとることが脳血管性認知症
(一部アルツハイマー病にも)の予防につながることも明らかになっています。
海外の研究によっても、これらのミネラルを摂取することが
高血圧の予防につながることが報告されています。
また、久山町の研究では、マグネシウムが糖尿病の発症リスクを下げるとのデータもあります。
認知症や認知機能低下の予防はもとより、低栄養、ロコモティブシンドロームが連鎖する
「フレイルサイクル」を止めるための食品としても牛乳の有効性は高く、
高齢になるほど食生活に積極的にとり入れていくことが求められるようになっています。
著者/太田博明
1944年、東京都に生まれる。1970年、慶應義塾大学医学部を卒業。
1980年、米国ラ・ホーヤ癌研究所に留学。1991年、慶應義塾大学病院産婦人科に
中高年健康維持外来を創設。当時から更年期ばかりでなく、高齢者の健康維持・増進に着目。
1991年に慶應義塾大学医学部専任講師、1995年、助教授となる。
その後、数々の大学で教授職を務め、2021年より川崎医科大学産婦人科学2特任教授、
同大学総合医療センター産婦人科特任部長。日本骨粗鬆症学会理事長、
日本抗加齢医学会理事を務め、現在は同学会監事。
1996年に日本更年期医学会(現日本女性医学学会)の第1回学会員賞受賞。
2015年に日本骨粗鬆症学会学会賞、2020年に日本骨代謝学会学会賞を受賞。
著書には『骨は若返る!』『筋肉は若返る!』(以上、さくら舎)、
『抜群の若返り!「骨トレ」100秒』(三笠書房)などがある。
TV出演にNHKの「あさイチ」などがある。