芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

競馬エッセイ 一極集中

2016年03月17日 | 競馬エッセイ

 競馬をこよなく愛してきたファンのひとりとして、近年の競馬はあまり楽しくない。雑草、野育ち、野生的風雲児が生まれる余地は全く消え、波乱万丈も下克上もなく、サラブレッドたちはまるで高効率な工場で作られているマシーンのようである。日本の競馬界は、本当にこれでよいのだろうか。全く危機感はないのだろうか。おそらく、競馬ファンは減り続けていくだろう。
 ツィッターで「つまらない。サンデーレーシングの運動会じゃね」と呟いていた人がいた。
 
 例えば先のダービーを例にとってもよいだろう。ひとつの(一人ではない)馬主が五頭出しである。勝ったドゥラメンテ(父キングカメハメハ以下キンカメと記す、生産者ノーザンファーム以下NFと記す)は無論、そのクラブ法人・サンデーレーシングの馬である。他にポルトドゥトイユ(父ディーブインパクト以下DIと記す、生産者NF)、レーヴミストラル(父キンカメ、生産者NF)、ベルラップ(父ハーツクライ、生産者NF)、リアルスティール(父DI、生産者NF)。
 2着になったサトノラーゼン(父DI、生産者NF)、3着サトノクラウン(父マルジェ、生産者NF)。ちなみに11着ダノンメジャー(父ダイワメジャー、生産者NF)、17着アダムスブリッジ(父ゼンノロブロイ、生産者NF)…ダービー出走18頭中、ノーザンファーム生産馬は半分の9頭にのぼる。6着ミュゼスルタン(父キンカメ、生産者社台ファーム)、7着タンタアレグリア(父ゼンノロブロイ、生産者社台コーポレーション白老ファーム、馬主は社台系のクラブ法人G1レーシング)、10着ミュゼエイリアン(父スクリーンヒーロー、生産者社台ファーム)の3頭を加えると、いわゆる社台系は12頭となる。何が勝とうと、生産者賞(生産牧場賞、繁殖牝馬所有者賞)はいただきだ。5着までに入れば、生産者賞はいただきだ。無論、馬主として、優勝賞金も着賞金もいただきだ。もちろん種付料も大きく値上げだ。
 
 種牡馬のキンカメ、DI、ハーツクライ、ゼンノロブロイ、ダイワメジャーは社台スタリオンに繋養されている、いわゆる社台系種牡馬であり、キンカメ以外は社台王朝を揺るぎないものにしたサンデーサイレンスの後継馬である。
 もともとスクリーンヒーローも社台ファーム生産馬で、その馬主は社台の吉田照哉氏だった。引退後レックススタッドで種牡馬になったのだ。
 ちなみにレックススタッドには、社台があまり魅力を感じなくなった種牡馬(スペシャルウィーク、ホワイトマズル、ローエングリン、タニノギムレット等)が移されることが多く、社台時代よりずっと安い種付料で供用されている。馬にとっても、高額の種付料には手が出ない中小の生産者にとっても良い機会なのだ。
 しかし社台系でなければ市場に出しても高値もつかず、牧場の経営も苦しくなる一方で、社台・ノーザンファームグループや、アラブ首長国連邦のドバイの首長シェイク・モハメドの日本現地法人であるダーレージャパンファーム等の豊かな資本力の元に吸収されていく。ダーレージャパンはスタリオン(スピリッツミノルの父ディープスカイが繋養されている)と、ダーレージャパン・レーシングも運営している。
 個人馬主が減少し、一握りの大きな資本集めに成功したクラブ法人のみが栄えていく。サンデーレーシングも社台レーシングも他のクラブ法人を傘下に組み入れていく。Gレーシングも、シルクホースクラブもキャロットファームも社台王朝グループの傘下に入った。
 
 今回のダービー(も)、誰かが「サンデーレーシングの運動会」とツィートしていたが、全く同感である。18頭中の12頭がノーザンファーム、社台王朝系であることを考えれば、まさに「社台の運動会」である。東京優駿(日本ダービー)の名称を替え、「社台ダービー」にでもしたらどうだ。
 JRAの機関誌「優駿」は、オークス、ダービー、天皇賞、有馬記念等の優勝馬の「ふるさとを訪ねて」とかをやっていたが、取材する記者もカメラマンもつまらなかろう。「また安平のノーザンファームか」だろう。オーナーインタビューもつまらなかろう。「また吉田勝己さんか。また照哉さんか…」
 調教師もつまらなかろう、とディープなファンは思っている。彼等は本当に調教をつけているのか? 馬のメンテ(調整)、調教のほとんどは、天栄やしがらきの従業員がしているのではないか…。(※)

(※)馬は 目標レースに向けて、外厩トレセンで7、8割がたを仕上げられ(下拵えされ)、レース登録のため調教師の元に送られて、あとはラップに包んでチンするだけ⁉︎ という口の悪いファンもいる。

 工場で生産された馬、工場で調整された馬ばかりでは、つまらない。無名の小さな牧場で二流三流血統の父母の間に生まれ、市場で売れ残り、食肉行きから偶然助かった馬が、大レースで良血馬たちを最後方からぶっこ抜き、あるいは一人旅の大逃げをうって、そのまま大差でぶっち切る…たまにはそういうレースを見てみたい。どきどきするような、胸が熱くなるような、そんなレースを見てみたい。昔は、たくさんいたのだ、そういう馬が。昔は、いくらでもあったのだ、そういう機会が。昔は、そういう機会と馬の出現を、浪漫と呼んだのだ。
「優駿」の記者が、農業を兼業した爺ちゃんの「牧場長」にインタビューすると、
「いやあ、牧場長ってなもんではないが…、馬づくりを三十年も続けてきたが、もうやっていけねえなあ、と思っていたのさ。そしたらよ、思いがけず大きな生産者賞がもらえてサ、これでまた大好きな馬づくりが続けられるなあって、婆さんと話していたどごサ…。そうさな、あの母馬には今度は奮発して、種付料十万ぐれえの馬でも付けてみっぺがな。この間は種付無料だったがらね(笑)」