芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

植民地

2016年03月23日 | エッセイ
以下の一文は、ほぼ3年前に書いたものである。無論3年余の時間のズレはあるものの、自分の思考や、日本と世界の状況の変化、世間の空気の変化を改めて感じ、これから時代はどのような情況に向かうのかを考えたい。EUは間もなく崩壊するだろう。中国はますます軍事大国化するだろう。そして憲法無視の安倍政権下で、日本は異常事態に入ってしまった。


 今から二十年以上も前のこと、古書店で鈴木主税が訳した本を手に取った。翻訳の職人だな。ふと、いったいこの人は年に何冊の本を翻訳しているのだろう、もしかしたら五十冊を超えるのではないかと思ったのである。
 その本はラビ・バトラという初めて見る著者名だった。ラビ? ユダヤの宗教指導者か?「貿易は国を滅ぼす」という常識に背いた書名が気に入った。世間の常識では「貿易はよいこと」「貿易は国を富ますもの」だからである。早速買って読んだ。実に面白かった。
 彼はアメリカの経済学者である。生まれはパキスタンで、インドの大学を出てアメリカの大学院に入り、その後国籍を取得し、アメリカの大学で経済学の教授となった。主流の新自由主義的「新古典派経済学」とは全く違う、異端中の異端の経済学者なのである。その後私は何冊かのラビ・バトラの本を読んだ。 まるでトンデモ本のごとき印象のものもある。
 バトラは経済学者というより、まるで予言者のようであった。彼のインド時代の師は、サーカという、それこそ予言者のような哲学者だったのである。 バトラはサーカ尊師の思想と手法を継承していたのだ。今から思えば、ラビ・バトラの経済予測(予言)は、ほぼ的中し続けているのではないか。彼はすでにソ連の崩壊と共産主義の終焉を予言していたし、二千年代のアメリカの住宅バブルとその崩壊・世界的大恐慌(それがリーマン・ショックだったのだ)を予言し、 原油バブ ル(投機マネーの暴走)も予言していた。そして彼によれば、資本主義も崩壊するのである。それは「富の過剰な集中」と「自由貿易」がもたらす自壊である。

 これも十年以上も前のことだ。NHKのニュースを見ていたら、確かWTOに関する報道になった。「経済成長には自由貿易が欠かせないことから…」 と三宅アナが原稿を読み上げた。私は思わずテレビに向かって「ちょっと待て!」と声を上げてしまった。それは誰の見解なのか。経産省のか、外務省のか自民党のか、 三宅個人の意見か記者か解説委員のか。世間の常識なるものの形成へ誘導するでない。ちなみに私のテレビはインタラクティブではないので、三宅アナはさっさと次の下らないニュースを読み上げていた。
 ほぼ同じ頃、日経新聞に名前は忘失したが東大の経済学教授の小論が掲載された。彼は新自由主義・新古典派経済学の学者である。そこには「自由貿易が経済成長をもたらす」という一文があった。しかし、主流の新古典派経済学とは一線を画す欧米の経済学者たちの地道な研究では、自由貿易が経済成長をもたらすという因果関係は、事実として判然としないのである。ただ経済成長すれば、それに比例して貿易が増えることはあるのだ。
 ちなみに世間が常識なるもの、印象として思い込んでいることに、次のものがある。日本は貿易立国である。日本は輸出依存度も、貿易依存度も高い国である。 日本の関税は高い。日本は農業を保護し過ぎる。特に高い関税をかけて農産品を保護している。日本は閉鎖的だから開国しなければならない。日本の公務員数は多過ぎる。日本は道路や橋などの無駄な公共事業が多過ぎる。日本は借金大国である。日本は債務危機である。…これらは誘導されたか、印象・空気としてある常識だが、実は全て誤りか、単なる思い込みにすぎない。

 WTOを強力に推進する思想も、新古典派経済学であり、利潤に貪欲強欲な新自由主義・市場原理主義である。百五十数ケ国という多くの国が参加しているがゆえに、先進国と開発途上国が激しく対立したり、アメリカがISD条項を入れようと主張しても、フランスやブラジルが激しく反対したり、なかなか進展しな い。世界の99%の人にとって幸せなことに、とは言ってもすでにかなり不幸になっているのだが、それでもまだ致命的になっていない。しかしTPPはWTOよりずっと危険な、貪欲強欲資本主義による植民地化条約なのである。
 関岡英之が明らかにしたように、TPPは日米構造協議、年次改革要望書の延長線上にある。アメリカが日本に押しつけてきた「日米構造協議」は、日 本がアメリカの無茶苦茶な要望を聞き、多少の抵抗を試みる協議の場だった。「年次改革要望書」は、あくまで「要望」であった。小泉政権はその要望に応えるための政権だった。しかしTPPは「条約」で、国内法の上位にくる。年次改革要望書を事実上作成していたのは、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS) だったと される。小泉進次郎が在籍していたシンクタンクである。
 ちなみに日米構造協議からアメリカに要求され続けた国際会計基準としての時価会計を、日本は小泉政権時に実行した。これがそれまで伝統的に取得原価会計を採ってきた日本企業の基礎体力を、激しく毀損したのである。欧州の多くの国はこれを拒否、もしくは採用しない道を取った。当のアメリカは自ら時価会計が不都合な事態となるや、平気で取得原価会計に戻した。日本のみが押しつけられた時価会計のままなのである。まさに売国奴たちが日本を毀損したのだ。
※ 含み益、含み損、含み資産についてはだいぶ以前のエッセイに書いた。少年時代、新聞の株式欄や経済欄で読んだ経営不振の映画会社「松竹」の「含み資産」評価が、極めて強く印象に残ったという話である。帳簿に載らない含み資産というものがあるのだ。つまり取得原価会計と時間が蓄積し作り出したお宝だ。含み資産が企業を救う基礎体力なのだ。

 菅直人が唐突にTPP、開国宣言をした。大新聞や放送局は一斉に賛意を示した。TPP推進派のほとんどは新自由主義者・市場原理主義者・構造改革論者であ る。彼等は農業問題として矮小化した。政府は「開国フォーラム」を開催して民意を聞いたというアリバイづくりをしようとした。中野剛志、東谷暁、 関岡英之、藤井聡、藤井厳喜らが論文・書籍を通じてTPPの危険性を伝え、反対を表明した。マスコミはそれらを無視した。ごくごく一部の少数意見だからである。 本当は彼等の反対論のほうが正論だと分かっているのだが、一度出た社の方針は、ジャーナリズムの面子にかけても変えられないのだ。
 しかし開国フォーラムの参加者たちは、聞けば聞くほど反対意見に傾いた。アンケートを取ると八割が反対だったのだ。政府は開国フォーラムを中止した。そして大震災が起 こった。 TPP推進派が勢いづいた。「被災から復興するためにもTPP!」…まさにナオミ・クラインが糾弾した新自由主義・市場原理主義者たちの「ショック・ドクトリン」 そのままである。
 それでも民主党議員の半数がTPP反対に傾きつつあった。慎重派や懐疑派を入れると七割近くに及んだ。しかし昨年師走の総選挙で民主党は当然のご とく大敗した。当選したのは推進派ばかりで、反対派、懐疑派は全て落選し壊滅した。維新も、みんなの党も推進派である。公明党は賛否を明言していない。大勝した自民党は選挙前は反対としたが、政権に返り咲くと「慎重」を装ったが、経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議のメンバーを見ればTPP推進派の売国奴ばかりである。
 民放各局は雪の中、被災地を視察する小泉進次郎に密着した。まるで天皇・皇后陛下の被災地訪問に密着するように。そして小泉進次郎はたちまち最大派閥を形成しつつあるという。勝ち馬に乗る、これが日本の国会議員や、マスコミなのだ。TPPは、議会において批准の段階で否決することが一縷の望みだったのだが、こ れでもう無理なのか、奇蹟は起きないのか。…これが日本の選挙民の選択だったのだ。かつて小泉政権の郵政民営化に、自民党の九割が反対していた。しかし、 守旧派・ 抵抗勢力のレッテル貼り、公認外し、刺客候補擁立、ワンフレーズのスローガン選挙というヤクザかナチスのようなやり方で、あっという間に郵政民営 化賛成が 大多数を占めた。そもそも選挙制度がおかしいのだが、かつて選挙制度を「改革」の名で改悪した日本の政治家と、彼等を選んだ選挙民の民度、知性の限界を露呈しているのだ。

 我々は、IMFのエコノミストが対象国に対して行ったワンパターンの処方箋が、招き続けたものを目撃してきた。彼等が約束したグローバリズムの恩恵がほとんど空手形で、巨大多国籍企業と対象国の独裁者をのみ利したことを目撃してきたのだ。構造改革、民営化、自由化は罠であった。「公正な取引」は収奪者の不公正を守るための論理と仕組みだった。対象国の国民は緊縮財政、失業、飢えに泣いたのである。国家(ステート)は維持されたが、共同体・国民 (ネーション)は分断されたのである。世界銀行のエコノミストであったジョセフ・ステグリッツは、それを激しく批判した(「世界を不幸にしたグ ローバリズムの正体」)。
 スーザン・ジョージは「債務危機の真実」や「世界銀行は地球を救えるか」等で、IMFと世界銀行のワンパターン政策・処方箋を斬って捨て、「ルガノ秘密報 告 グローバル市場経済生き残り戦略」でグローバリズムを推進する巨大多国籍企業・投資家たちの貪欲強欲の策謀を描き出した。

 このワンパターン・エコノミストの多くが、新古典派経済学、新自由主義、市場原理主義を信仰する人たちなのである。彼等はフリードリッヒ・ハイエ クを祭り 上げたミルトン・フリードマンの主義・思想から生まれ出た。ハイエクは病的なほど国家を嫌った自由主義者、リバタリアンである。経済における国家の介入を極度に嫌い、これらは最終的に 社会主義、共産主義、ファシズムなどの集産主義に行き着くと信じていた。当然、必要時の国家による財政出動や規制等を主張するケインズ的な政策に よる介入を激しく論難した。 それを都合良く戴いたのがシカゴ大学のフリードマンだった。しかしハイエクには「徳」があったがフリードマンはそれを欠き、「欲」しかなかった。 欲は徳より強い影響力を持つのである。しかもインフルエンザや熱病のウィルスのように。
「下らない規制さえなければ大金が稼げるのに。規制は不合理だ、規制を緩和せよ、 いや撤廃せよ」「人間は自分の利益のために合理的に動くのだ。全て市場にまかせなさい。市場は合理的で民主的だ」「強者をより強くする。一部の者 が大きな 富を手にしていいじゃないか。やがてその富が下へ下へと滴り落ち、社会全体が豊かになるのだ。これをトリクルダウンと言うのです」「弱者はその道 を自ら選 択したのだ」「弱者は淘汰されるべきだ、自己責任だ」「合理的に、努力した者が報われる社会」「お金儲けは、いけないことですか?」…どこかで聞 いたセリフだな。…彼等を、ノーベル経済学賞を受賞したインド人の哲学者・経済学者アマルティア・センは、「合理的な愚か者」と呼んだ。

 フリードマンの弟子たちはシカゴボーイと呼ばれた。巨大多国籍企業や連邦政府の行政府にはいる。またIMFや世銀などのアメリカが影響力を持つ国際機関に 入り、エコノミストとして開発途上国に乗り込み、財政指導や構造改革を指導して回って、国営企業や公的事業体の民営化、公務員の削減、給与カットを提言する。各大学に散り、MBA(Master of Businness)の指導教授となり、学生たちに経営、管理、財務、効率と利潤の徹底追求、市場原理、競争原理、選択と集中、コストカット、非効率部門 のカット等を教える。全ては数字だ。数字を素早く分析し、速やかに決断することを教える。…そしてMBAの取得者たちは、経営者となる「有資格者」として散っていく。その業態が金融だろうが、自動車だろうが、病院だろうが、教育だろうが、ファスト・フードだろうが、出版だろうが、放送事業だろうが、産業 廃棄物処理業だろうが、使う手法は同じだ。型を持ったワンパターンは強いのだ。コストカットだ、緊縮だ無駄を省け。人員を削減すれば株価が上がる。株価は企業価値だ。株主・投資家を優先せよ。当然ショートタームのリターンを求めて金が飛び回る。長期の投資より短期の投機だ。金だ利潤だ、利潤だ金だ。…まる で添田唖蝉坊の唄みたいだな。…こうして強欲貪欲ウィルスはウォール街に蔓延し、ワシントンに蔓延し、世界に蔓延した。強欲貪欲グローバリズムの グローバ ル化なのだ。
 アメリカの新古典派経済学、新自由主義の学校は、多くの留学生を受け入れた。そしてカルト宗教のマントラのように新古典派経済学、新自由主義、市 場原理主 義を吹き込んだ。やがてその留学生たちは祖国に帰り、学生に自らが学んだマントラを教え唱え続け、政府や行政機関の政策立案者となり、企業の中枢に入り込む。こうして竹中屁蔵も三十年間、プライマリー・バランス(財政均衡)、緊縮財政、官から民へ、市場原理、競争原理、自己責任、国際競争力、構造改革でワクワクすると言い続けている。「痛みを伴う改革」に耐えろだと。彼等には大きな利益が伴うのだろう。金だお金だこの世は金だァ…やっぱり唖蝉坊の演歌の通りだなァ。

 今、新自由主義、市場原理主義のグローバリズムが何をもたらしたか明らかである。それはリーマン・ショックを引き起こし、グローバル化の象徴だっ たEUを 間もなく崩壊させるだろう。新古典派経済学、新自由主義、市場原理主義は間違いだったのだ。早くからグローバリズムに警鐘を鳴らし、批判していた フランス の歴史学者・家族人類学者エマニュエル・トッド(「経済幻想」)や、イギリスの自由主義哲学者・政治学者ジョン・グレイ(「グローバリズムという 妄 想」)、かつて開発途上国で指導に当たっていたアメリカのデビッド・コーテン(「グローバル経済という怪物」)等が、論じ、見立てたことは正しかったのだ。
 ウォール街は貪欲・強欲資本主義、金融資本主義の象徴だ。「ウォール街を占拠せよ」と集まった人々のプラカードに、次のものがあったと藤井厳喜は伝えている。「TPP= DEATH 」「TPP= POVERTY 」「 No New NAFTA 」
 アメリカの若者たちも分かったのだ。TPPのような自由貿易は、多国籍大企業の利潤になっても、国民には全く裨益しないのだ。大企業の利益と国民の利益は大きく乖離したのだ。
 TPPは確かに死、破滅を意味する。日本は世界で進む温暖化や水の枯渇、砂漠化の中で、食糧の安全保障を巨大アグリビジネスに握られるのだ。地域共同体や同業者組合が培った農協や漁協は解体、民営化に追い込まれ、共済(助け合いの仕組み)は巨大グローバル金融資本、保険資本に飲み込まれるだろう。
 やがて韓国で、軍隊が鎮圧するほどの暴動が起こるかも知れない。一方的な不平等条約である米韓FTAによって、植民地化、窮乏化が進み、それに対する激しい憤怒と反米デモが予想されるのだ。
 ラビ・バトラが予言したように、資本主義も崩壊するのである。まさに「富の過剰な集中」と「自由貿易」がもたらす結果である。
 ちなみにラビ・バトラは、かつての日本の一億総中流、賃金格差の少なさや終身雇用、環境保護、銀行規制などを高く評価していた。そして新しい資本 主義、新しい経済主義(プラウト主義経済)の黎明は、かつてそのような経済習慣や思想を持っていた日本から始まるかも知れないと予言しているのだ。でも彼の予言は外れるだろう。
 TPPに入り、条約が発効すれば巨大多国籍企業の植民地と化することは間違いなく、そんな経済文化の記憶も風土も失うだろう。そして温和しい日本人は、予想される韓国の人々のような激しいデモも行動も起こさないだろう。そもそもTPPってなに? という民度の国なのだから。その程度の国なのに「船中ハッサクそのイチ・首相公選」だァ! 船中のヨタ話で船頭が選ばれるというなら笑えるが、煽動者(デマゴーグ)が選ばれるのは目に見えている。危ない危ない、危なくてしょうがない。