いつもの年より早く、桜がちらほらと開花した。一羽のヒヨドリが咲いたばかりの花を食べていた。ヒヨドリやムクドリは桜の花や蕾が大好物なのだ。その樹にカラスがやってくるとヒヨドリは鋭い声を立てて逃げた。カラスも花を食べるのかと見ていると、一二輪の花の付いた小枝を器用に折り、それを咥えると電線に移動した。カラスはその桜の小枝を咥え直すと、どこかへ飛び去っていった。巣作りをしているのだろう。巣に桜の花を飾るとは、なんと風流な烏(やつ)だろう。
ベランダにお釜を洗った際に出る米粒を撒いている。近頃は十数羽のスズメと二羽のヒヨドリがやってくる。最初はムクドリかと思ったが、インターネットで調べたところではヒヨドリだろう。
時々ヒヨドリがスズメを虐める。近づき過ぎたスズメの頭や背を突いたりするのだ。虐められたスズメは驚くほどの大きな声で鳴き喚いて逃げ去る。ヒヨドリはときどきベランダを自分のテリトリーとして雀たちに宣言する。彼がベランダを見張っている間、雀は近くの木の枝からその様子を見ている。ヒヨドリがいなくなると雀たちが飛んできて、残った米粒がないかと探す。やがて草木が一斉に芽吹き、花開き、昆虫たちが増えると、ヒヨドリは来なくなる。そちらの餌がお口に合っているのだろう。
ある朝、スズメの群れの中に羽根の色が異なる小鳥を見つけた。スズメと共に夢中で米粒を啄んでいる。スズメより一回り小さく、動きも俊敏である。羽根の色はくすんだ黄緑色である。おそらくヒワだろう。
「くすんだ黄緑色」はその小鳥に失礼であろうか。「鶸(ひわ)色」は鎌倉時代からの日本の伝統色なのだ。武士が礼服としてまとう狩衣に用いられた、実に日本的な渋い色なのである。
「鶯(うぐいす)色」という伝統色もある。ヒワは羽根色も姿もウグイスに似ている。私には容易に区別がつかない。強いて挙げれば、ウグイスはヒワより一回り大きいと覚えた。
私の子どもの頃、小さな田舎町でも、一二軒の「小鳥屋さん」があった。決してペットショップではない。小鳥の専門店なのだ。学校帰りによく立ち寄って、小鳥を眺めて飽くことがなかった。十姉妹、文鳥、錦華鳥、セキセイインコ、九官鳥、カナリアなどが目当てである。小鳥屋のオジサンやオバサンから、 小鳥の飼 い方や性質などを教えてもらった。店には、メジロやウグイス、ヒワもいた。ヒワはウグイスに似ているが、カナリアの仲間なのだとも教えてもらっ た。ヒワとカナリアはあまり似ていない。古くから日本人はメジロやウグイスを愛玩したが、ヒワもずいぶん飼われていたらしい。…ちなみに私はその小鳥屋さんから十姉妹を買った。文鳥や錦華鳥に比し、丈夫で子育ても上手いという理由だった。私は手乗り文鳥ならぬ、手乗り十姉妹に飼い慣らしたものである。
百鬼園先生こと内田百﨤はたくさんの小鳥を飼っていた。彼の書斎からその縁側まで、竹製の鳥籠を何段も重ねていた。それらへの給餌や水替え、掃除などで、一日の半分が費やされただろう。それほどたくさんの小鳥を飼いながら、ノラという猫を飼うことにした。
先生はノラに向かって書斎の敷居を指さし、恐ろしい顔で厳粛に告げたに違いない。「猫の方は、そこから先に入ってはいけないことになっております」…ノラ は先生の指さす敷居を見、首を左右に傾げ、書斎に積まれたおびただしい書物と、おびただしい鳥籠を見たに違いない。そしてノラは聞き分けがよく、 決して先生の書斎に入らなかった。先生は「ノラは可愛い顔をしていて、とてもお利口なのである」と言って溺愛した。おそらくノラ失踪後に飼われたクルツも、聞き分けがよく、お利口だったのだろう。あるいはノラもクルツも、先生の顔がよほど恐ろしかったに違いない。
彼の師、夏目漱石も文鳥を飼っていた。あるとき、鈴木三重吉が突然訪ねてきて、「先生、小鳥を飼いなさい。文鳥がよろしいと思います」と言ったの だ。漱石 は気乗りのしないような、面倒くさいような、ムニャムニャと言を濁したにも関わらず、三重吉は「ぜひ、そうなさい。私にお任せ下さい」と言って、さっさと 帰ってしまった。何日かしてまた彼は訪ねてきた。「先生、とても良い鳥籠を見つけました。素晴らしい掘り出し物の鳥籠です」と言った。値段を訊くとえらく高価なものであった。漱石は、たかが小鳥を入れる籠に…ムニャムニャと言ったのだが、三重吉はニヤニヤして「私にお任せ下さい」と言ってさっさと帰ってしまっ た。強引な奴だと、漱石はムニャムニャと言った。
しかし文鳥も鳥籠もなかなかやって来なかった。三重吉も忘れたのだろうと漱石は思った。やがて漱石も忘れた。
それから一月か二月遅れで、三重吉が弟分の小宮豊隆をともなってやってきた。三重吉は職人が腕によりをかけて作ったと思われる竹の鳥籠が安く手に入ったと漱石に言った。漱石は文鳥を見た。「きれいだね」と漱石は言った。
漱石はムニャムニャと不機嫌に文句を言いながら、かいがいしく文鳥の給餌をし、水替えをし、鳥籠の掃除をした。執筆の手を休めて文鳥を眺めた。思えば微笑ましい姿である。文句を言いながらも、漱石は文鳥にずいぶん癒やされたのに違いない。
今朝見た桜と烏から、最近見たヒワのことなど、とりとめもなく書き連ねた。
(ちょうど3年前の2013年3月20日に書いた一文です。)