AKB48の旅

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映画「白夜行」

2014年12月07日 | AKB
集英社文庫『ナツイチ』キャンペーンで、 指原さんが「白夜行」の読書感想文を書いたのは、今ググってみたら去年の7月。もうそんな前のことなのか。私が見たのは小説ではなくて映画の方で、小説は未読。なんで、もちろん直接比較とかできない。けれども、これを指原さんに読ませたのは誰なのか、やっぱり秋元氏なんではないかと思わせるだけのものがあった。

表面上のストーリー的には、何というか、本作は魂が引き裂かれるような悲劇と、底知れない心の闇の物語と表現できそう。けれどもこの物語がそもそも可能であるためには、主人公の二人が美男美女じゃないといけないという視点からは、この物語が、むしろ性的倒錯の方をベースにして設計されてることが分かる。

映画としては、堀北真希さんと高良健吾さんがはまり役で、二人の容姿と表情だけで、このベースラインを奏でることに成功してる。そこに加えての、言わばリアルサイドを代表する船越英一郎氏の、計算され尽くした見てくれと演技が見事なコントラストとなって、あたかもこの物語が完璧に成立してるかのような錯覚、それも相当強靱な錯覚を構築することにも成功してるように思う。

けれども、ひとたび背景となる戦後史や、物語の細部に踏み込むと、いろいろと矛盾だらけであることにも容易に気づける。石橋を叩くように一つ一つのリアルに拘泥すると、すべてが非現実的な、壮大な妄想にして悪夢であることに辿り着けるというか。まあ小説とはそういうものとも言えるのかも知れないけど、恐らくは本作が隠しもってるであろうモチーフの、それは見事な勝利宣言となってるように思う。

具体的には、「川のこっち側」とか河川敷とかの、これ見よがしの意味深な表現の一方で、町並みとか人々の様子とかの時代考証が突っ込みどころだらけ。たぶん意図的なんだろうけど、戦後史の混乱の様々な要素がごっちゃになってる。あたかも松本清張作品の世界観へのオマージュのよう。

本作の原作小説に対する指原さんの感想文は以下引用で、例によって「指原節」なんだけど、ほんとうに指原さんが本作を読み通したのだとしたら、この感想文はなかなかに恐ろしい。「全く共感できないからこそ物語に引き込まれ」るというのは、本作の本質の一面を、よく捉えてるように思う。その上で「我ながらいい読者」と、その構造特性にまで言及してることになる。少なくとも、戦後史の表裏の知識のない、弱冠21歳の女性の書ける感想ではないと言い切ってしまおう。


以下指原さんの「白夜行」感想文引用

私には、趣味がない。休みの日は家から出ず、移動中は常に爆睡。そんな私にうってつけのお仕事がきた。それがこの、読書感想文。本を読むのは好きじゃないけど、お仕事だと思えば読める。休みの日も、移動中も「やらなければいけないこと」ができたのだ。一日を無駄に過ごす休日がなくなるかもしれない!そんな喜びも束の間。一冊の本が課題本だと手渡される。ぞっとした。何にぞっとしたかというと、その分厚さ。私の課題本は八百ページ超え、「白夜行」だった。
移動中も、休日も、本を読み続けた。読み始めた時は、乗り気ではなかったけど、気がついた頃には完全に魅了されていた。主人公たちにまとわりつく様々な事件。そして、交わる点と点。その度に、そう来たかー。と声を漏らし、その考え尽くされたストーリーに感動した。我ながらいい読者である。
私が気になったのは、主人公二人の感情。作中、二人の感情が書かれることはない。けれど、読み進めて行くうちに、二人がお互いにとっての「光」だったんだとわかってくる。捻くれてしまった感情が二人の絆を強くしていく。最後までわからないその感情に何度もゾクゾクした。
本当なら共感した事を書きたいが、全く共感できなかった。あの主人公に共感できる人なんてなかなかいないだろう。インストントンが食べたいのにお湯がないなんて私の苦悩は主人公からしたら、しょうもないのだろう。ただ全く共感できないからこそ物語に引き込まれ、感嘆のあまり何度もため息をついた。
本を読み終えた私は、東野圭吾さんの別の作品を買った。好きではなかった、本を読むということに、ワクワク感を覚えている。今でにない感覚。
私に初めて「趣味」ができた。