赤城はあった!!!
赤城(野村城)
あかじょう(のむらじょう)
一か月前のこと
松阪市の遺跡をまとめた資料によると「赤城」は城跡ではなく集落の名称である。しかも訪ねた場所は赤城集落ではなくそばの美濃田古墳群であった。
しかし、写真で分かるように中世平城の風情が感じられ城跡として見れば十分見れるものだ。切岸、土塁、郭など一通り揃っている。石垣が散見されるがこれは後世のものだと推定した。
赤城
2014年5月31日 新展開
やはり赤城はあった!
伊勢寺城主、久瀬五郎左衛門尉が応永年間に住まいしていた。
応永22年(1415)阿坂城の戦いの時、北畠の家臣として暁名を挙げた。
以上飯南郡史より
所見;松阪市が城跡を単に遺跡と表示している例は他にも「達磨城を永山遺跡」
がある。一覧表の城跡表示だけを注視してると逃してしまうことになる。
飯南郡史では「野村城」としている。「今俗に赤城という」と、あるように野村城が
赤城に言いかえられたようである。ここでは赤城で統一し、参考資料扱いから
松阪の城リストに加えることとした。
地図;
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