白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
ブログ移転しました→https://note.com/shiraishi_igo

個性

2017年06月04日 23時59分59秒 | 幽玄の間
皆様こんばんは。
本日は幽玄の間で中継された対局をご紹介しましょう。
対局者は中国の柯潔九段と陳耀燁九段です。



1図(実戦)
柯潔九段の黒番です。
黒AやBと打てば普通の感覚でしょう。
ところが柯潔九段、何と黒1のツケ!
AlphaGoの真似という訳でもないでしょうが、いきなりのツケには驚きです。

本局は全体的に黒石が勢力志向の配置になっており、それらを有機的に生かすための打ち方と考えられます。
黒AやBは下辺だけ見れば立派な形ですが、全体的に見ると今一つと感じたのでしょう。





2図(実戦)
もしこんな風に素直に受けてくれれば、黒としては最高ですね。
白は堅い所を守っているに過ぎず、孤立していた黒石はどんどん強くなって行きます。
もちろん、プロはこのような一方的に相手に都合の良い展開は許しません。





3図(実戦)
当然ながら白2と反撃して行きました。
白4となって黒△との縁が切れており、黒はばらばらのように見えます。
しかし、当然黒はこの対応を予測しており・・・。





4図(実戦)
黒1というごついブツカリから、上下の白を強引に分断!
何という力強さでしょうか。
この図を見た瞬間、無理という言葉が浮かんでしまうのですが・・・。





5図(実戦)
その後、色々ありましたが黒△が全滅しました。
しかし、コウ替わりで黒1、3と突き抜き、形勢は黒良しです。
白△が動けなくなり、いつの間にか右上一帯が巨大な黒模様になっています。

1図黒1のツケ以降はかなり危険な打ち方ですが、このような強引な仕掛け方も柯潔九段の特徴ですね。
強烈な個性だと思います。
善悪は分かりませんが、こういう碁が打ちたい、という強い意思を感じます。

AIの台頭によって、ただ強ければ良いという時代は終わりが近付いていると思います。
観戦者にとって面白い碁を打つことが第一で、棋力はそのために必要、と考えられる時代が来るのではないでしょうか。

Master対棋士 第42局

2017年06月03日 23時59分59秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
本日は中央大学囲碁部の現役とOBの交流会に参加しました。
当然ながら、現役は皆若いですね。
毎月エネルギーを分けて貰っています(笑)。

さて、本日はMasterと楊鼎新五段(中国)の対局をご紹介します。
楊五段は1998年生まれの18歳ですが、既に世界で活躍しています。
LG杯準々決勝では井山六冠と対局しますね。



1図(テーマ図)
Masterの黒番です。
左下で大きなコウ争いが起こり、白1で終結しました。
白△は腐っていますが、その代わり黒△は取られ、黒✖は助け難くなっています。

また、黒AやBが先手になるので、左辺の黒は強力な厚みですが、白✖が丁度良い所を割っているので、働かせ方が難しく思えます。
総じて、白が上手く打っていると感じる棋士が多いのではないでしょうか。

この碁は一手30秒で打たれました。
人間が瞬時に想定できる図は限られており、その中で良さそうな図を選ぶことになります。
しかし、Masterは少ない時間でも、遥か先まで読むことができるのです。



2図(実戦)
黒1~7と、取られかけている石を動いて行きました。
棋士の感覚では突飛な手ではありませんが、ここからどう決着が付くのかを、一瞬で判断することは困難です。





3図(実戦)
黒10までと進みました。
黒△、✖、〇は全て取られそうですが、これらは黒10を打つための撒き餌です。
白に利き筋を作ることにより、右辺の戦いで優位に立とうというのです。
黒10に対して白A、黒B、白Cと最強手で応じるのは、黒Dと打たれて破綻します。





4図(実戦)
そこで白1と守りましたが、ここで黒に手番が回っては成功でしょう。
しかし、黒2には驚きました。
この手は、もし白Bと受けてくれれば黒にとってプラスということですね。

しかし、右辺で競り合いになっている以上、私には黒Cなどとそちらを続けて打つことしか考えられません。
黒2は、後でも打てる手を慌てて打ってしまったように見えるのです。





5図(実戦)
黒1に手を抜いて白2と打たれてしまいました。
右辺の競り合いは白が威張ることになっています。
その代わり黒3が絶好点で、白△を助けられなくなります。

この結果は、下辺の勢力圏が大きく変わり、黒十分・・・。
こう判断したとすれば、それ自体は理解できます。
しかし、普通の人間はそんな考え方はしません。
今までは右辺で優位を築くことを考えて来たのに、そのチャンスをあっさり手放すというのは、まずできないのではないかと思います。


2図以降のMasterの打ち方は高度ですが、棋士のレベルを超えるものではありません。
しかし、出来上がり図はMasterの方が良くなっていました。
先を見通す能力において、Masterと人間には決して埋められない差があるようです。

書評・第1回 囲碁AI新時代

2017年06月02日 23時37分25秒 | 書評
皆様こんばんは。
今回から日記に新しいカテゴリーが加わります。
それは「書評」です。
囲碁の技術書やエッセイはもちろん、一般の小説や漫画等、ジャンルを問わず書いて行こうかと思っています。
拙い文章ですが、よろしければお付き合いください。
さて、第1回は王銘エン九段囲碁AI新時代です。



本書では、一流棋士でありながら囲碁AIにも造詣の深い王九段が、囲碁AIの台頭について語っています。
時系列としてはこのようになります。

2016年1月28日    「AlphaGo」がヨーロッパチャンピオンの樊麾二段に5戦全勝したと発表される
2016年2月       「Zen」、伊田篤史八段に4子置いて勝つ
2016年3月9日~15日 AlphaGo、李世ドル九段との五番勝負に4勝1敗で勝つ
2016年11月       DeepZenGo(Zen)、趙治勲名誉名人との互先での三番勝負で1勝を挙げる
2016年末~2017年始 AlphaGoの新バージョン「Master」、棋士相手のネット対局で60戦全勝
☆本書執筆☆
2017年3月23日    Zen、井山裕太六冠に勝つ
2017年3月26日    「絶芸」、Zenが一力遼七段に勝つ
2017年5月       AlphaGo、世界最強の柯潔九段に持ち時間3時間の対局で3戦全勝

ご覧のように、本書はMaster登場後に執筆されました。
「囲碁ファンが日々あこがれる一流棋士たちが、どこの馬の骨かもわからないやつの前で、バッタバッタ倒されるのを目の当たりにして、もう阿鼻叫喚の世界でした。」
本文中のこの一節が、その衝撃の大きさを的確に表していますね。
さて、それでは章別に内容をご紹介しましょう。

第1章では、AlphaGo対李世ドル九段、DeepZenGo対趙治勲名誉名人、Master対棋士達という、それぞれ大きな大きなニュースになった戦いが紹介されています。
なお、本書は囲碁の技術書ではありません。
ここではAIが打つ碁と人間が打つ碁はどう違うのか、盤面を使って説明しているとお考え頂くと良いでしょう。
ですから、手の解説を完璧に理解できる必要はありません。

第2章では、アルファ碁とDeepZenGoの差異について解説されています。
人間のそれとはまた意味が異なりますが、AIにも個性があり、作り方によって打つ碁も大きく変わって来ます。
そのことを、やはり棋譜を交えながら解説しています。

第3章では、コンピュータ囲碁の歩みを解説されています。
数学的な解説、横文字・・・正直なところ、表現が難しいところもある気がします。
ですが、問題はありません。
分からないところは読み飛ばしましょう(笑)。
AIがどうやって成長してきたのかが分かれば十分でしょう。

第4章では、王九段自身がAI開発に携わった貴重な経験を交えて、コンピュータ囲碁について語られています。
王九段自身が打つ碁とAIの打つ碁の関連性など、興味深い内容がいっぱいです。

第5章では、将来についての展望です。
コンピューターがここまで強くなり、今後棋士や囲碁界全体はどうなるのか?
そういったことについて、本音で語られています。
私は、この章で示されている王九段の考え方には大きな感銘を受けました。
AI囲碁が人間のレベルを超えることには、プラス面とマイナス面があります。
しかし、衝撃が大き過ぎたこともあり、つい片方の面ばかり見てしまいがちなのですが、王九段は冷静に分析しているようです。
そして、今後の棋士のあり方、AIとの付き合い方などにも言及しています。
本書で最も価値の高いのが、この第5章だと思います。

AIの台頭の衝撃は大きく、今後囲碁界は大きく変わって行くでしょう。
我々棋士は、今後果たして行くべき役割をしっかりと考えなければいけません。
本書を読んで、その思いを新たにすることができました。

Master対棋士 第41局

2017年06月01日 23時59分59秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
本日はMasterと金志錫九段(韓国)の対局をご紹介します。



1図(実戦)
金九段の黒番です。
黒7の後は、もちろん白AやBからの定石ではなく・・・。





2図(実戦)
例のMaster流(?)に進みました。
この型は黒△の1子を取れますが、白△の活力がほとんど無くなる上に、白✖が宙に浮いてしまうことが理由で、白で打とうとする棋士はほとんどいませんでした。
ただ、白11が以前は無かった発想です。
黒の厚みに近寄った手に見えますが、ここに打つことで白✖の石に大きな意味が出て来るとみているのですね。





3図(実戦)
後に黒は1と割って入り、白△を攻めようとしましたが、白2が軽快な一手です。
自分の石を補強しながら、次に白Aと打って白✖を助け、逆に黒△を攻める手を見せています。
白は右上の黒一団を、必ずしも厚みとは見ていないのです。

次に黒がAと受ければ無事ですが、一手かけることで全体の石の効率が落ちてしまいます。
そこで実戦は・・・。





4図(実戦)
黒1から反撃して行きました。
ただ、これは無理矢理こじ開けに行った感じです。
黒石がばらばらになり、白Aも残っているので、黒が苦しい戦いでしょう。

もっとも、それは金九段も承知の上でしょう。
これは41局目の対局ということもあり、既にMasterの力は分かっています。
ここで手堅く打っているようでは、チャンスは生まれないとみたのだと思います。





5図(実戦)
とはいえ、白1、3が実現した実戦は黒が苦しくなりました。
要石の黒〇が動けなくなり、△、✖、□の石も弱くなっています。
一方、右下白△は取り切られておらず、白の優位は明らかです。
大勢決した、と言って良いでしょう。

本局の白の打ち方も、一種の壁攻めと言えます。
人間とMasterは、壁の強弱の判断に大きな違いがありますね。