伊佐子のPetit Diary

何についても何の素養もない伊佐子の手前勝手な言いたい放題

祇園祭・長刀鉾稚児決定

2018年06月08日 | 祇園祭

梅雨入りし、スーパーに水無月が出始める。
街路に紫陽花の花がきれいに咲いている。


祇園祭の季節が徐々に近づいて来た。


長刀鉾の稚児が決定した。
いつも6月のはじめころ決定する。



祇園祭・長刀鉾稚児に小林君 「勇ましくしめ縄切りたい」
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180606000139


「祇園祭前祭(さきまつり)の山鉾巡行(7月17日)で
先頭を行く長刀鉾に乗る稚児と補佐役の禿(かむろ)が決まり、
長刀鉾保存会(京都市下京区)が6日発表した。

 今年の稚児は同志社小3年小林勇太朗君(8)=西京区=で、
さかいだに幼稚園副園長小林育朗さんの長男。

禿は同小3年大岩勇仁(たけひと)君(9)=左京区、
建築設計事務所経営大岩英記さんの長男=と、
立命館小3年伊東諒君(8)=右京区、工務店経営伊東忍さんの長男。

 父親同士が知人で、3人とも以前から交流があるという。
稚児の小林君は「友達と参加できるのは楽しみ。
勇ましくしめ縄を切ってみんなが楽しく思える祇園祭にしたい」と抱負を述べた。
【 2018年06月06日 18時01分 】
(京都新聞)


動画
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/movie/?r=news&y=2018&v=ApeBQD5w


今年度のお稚児さんは同志社小学校、禿は立命館小学校、
やっぱりええとこの息子さん。

この無邪気な男の子が、1か月後には見違えるような凛々しい稚児に変わってゆく、
その変化を見守るのも市民の喜びのひとつ。


儀式を経ると、本当に驚くほどに子供が変化してゆく。


責任感なのか、自覚なのか、
子供心に一つずつ、何事かを学んでゆくのだろう。

山鉾巡行のころになると、神々しさが漂って来るのは毎年見慣れているとはいえ、
見事というほかはない。




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つづけて祇園祭の話題もう一つ・・・




巡行復帰にまた一歩、鷹山曳き手衣装を新調 京都・祇園祭
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20180603000107


「祇園祭の「休み山」で2026年までの巡行復帰を目指す鷹山
(京都市中京区三条通室町西入ル)の曳(ひ)き手らの衣装がこのほど完成し
3日、東山区四条通東大路西入ルの「祇園祭ぎゃらりぃ」でお披露目された。

デザインを担当した京都市立芸術大の学生らや鷹山保存会メンバーが真新しい衣装に見入った。

 鷹山は後祭の曳山。1826年の巡行時の風雨で懸装品(けそうひん)を傷めて以降、
巡行を休んでおり、最後の参加から200年目までの復興を目指している。

昨夏、同大学の学生ら約40人が曳き手や「ちゃりん棒」と呼ばれる先導役などの衣装案を考え、
鷹山保存会役員に提案。採用された作品を大学側が制作していた。」
【 2018年06月03日 23時17分 】
(京都新聞)




「鷹山」は説明通り休み山で、
大型の曳山だったことが過去の資料から分かっているらしいが、
破損したため、現在は宵山の会所で残されたご神体などを飾っているのみだった。

復興を目指して数年前から本格的な活動を始めた。


ただ山(山車のようなもの)を復元すればいいというものではないらしく、
このような衣装や、音楽、人手もいるようだ。

簡単に復元といっても、手のかかるものらしい。

私などは、鉾や山は木材さえあれば簡単に出来るだろうに、
なんで手間がかかってるのだろうと思っていたが、
そんなに単純な話ではないらしい。

ひとえに音楽(祭囃子)といっても、途絶えてしまったものを、
どうしてまた元通りの囃子に復元できるか、
また演奏する人間を確保するのにも時間がかかるだろう。

地道に復興に取り組んで、
いずれは立派な鷹山がもう一度巡行に参加出来ればいいな。


鷹山は後祭なので、復興すれば、後祭のお囃子もいっそう賑やかになり、
鉾に負けないくらい大型なので、見栄えもするだろう。

着々と準備が進んでいるようなので、
後祭を盛り上げるため、ぜひとも復興の完成を待ちたい。