6月の末は夏越の祓。水無月を食べる日でもある。
と、去年のブログにも書いた。
夏越の祓の数週間前、町内の神社から、
封筒に入った白い無地のヒトガタ(紙製のもの)
がポストに入れられる。
このヒトガタに名前と年齢を書き、
息を3回吹きかけてから、
それとともにいくばくかのお金を封筒に入れて、
神社へ渡す。
ヒトガタは10枚くらいあるので、
自分の名前だけでなく
親戚の名前まで総動員して、年齢など適当に書く。
それでもあまってしまい、白紙のヒトガタもある。
息を吹きかけるなど面倒なので、そんなこともせず、
かなり適当なかたちで神社に届ける。
それを30日に神社がお祓いしてくれるというわけだ。
神社にはすでに鳥居に大きな茅の輪が取り付けられている。
祓に行ったことはないが。
とにかく一年の半年を無事過ごせた、
あとの半年も無事過ごせますようにというお参りらしい。
うちの町内の小さな神社でも
茅の輪が取り付けられているのだから
京都市内の大小の神社でも同じように
茅の輪が用意されているんだろう。
ただし八坂神社だけは茅の輪くぐりは
祇園祭の済んだ7月の末に行われる。
こういうことは慣例になっているので
毎年(暮にもある)行なっているが、
京都以外でも行われている行事なんだろうか。
それはともかく、ブログの体裁の手直しのために、
管理画面に何度もアクセスしていたら、
ある日、拍手コメントなる欄があることに気が付いた。
このブログに拍手機能がついたのが2009年であるらしく、
確かその時に一度見たことがあるような気はする。
だけどそれっきりすっかり忘れ去っていた。
その時は拍手というものがどういうものかなのさえ
理解していなかったように思う。
ただまあ、自分の書いた記事に対して賛同してくれた、
というようなことなのだろう。
これは非常に嬉しいことなので、
こういう辺境のブログでも読んでくれる人がいるのかと、
励みになる。
コメント欄というのがあるので、
自分の記事に対して意見のある、
感想のある人はそこに書き込むことが出来る。
コメントは滅多に来ないが、書いてあると、
これもやはりうれしいものだ。
だけど、拍手欄にもコメントを残すことが出来る、
というのは初めて知ったのでびっくりぽんだ(古い)。
しかもこのコメントは、表に出ず、他人の眼には触れない。
こちらからコメントを返すこともできない。
2009年から、現在の2016年まで、数は多くはないが、
それでも10件以上、コメントが書いてある。
びっくりした。
コメントの書いてある元記事を読んでみると、ひどい。
どの記事でもそうなんだが、
自分の書いた過去の記事は本当にひどい。
どれも書きたいことだけむやみに書き殴っていて、
書き散らしていて、文章もひどい。
読み返してみると、とにかく恥ずかしい。
けれどもこんなひどい文章にも拍手をし、
なおかつコメントをわざわざ残してくれる、
というのは、私の文に同調し、
賛同してくれているからこそなんだろう。
どのコメントも別に私の記事をけなすことも一切なく、
むしろ応援してくれるような内容ばかりだ。
それはそうだろう。
わざわざ拍手をし、
そこに内緒でコメントまでつけるくらいなんだから。
それはとても嬉しいことだったんだが、でも、
それらの暖かいコメントに対して、
私が返事をするすべがない。
コメント主も、コメント欄ではなく、
拍手欄にコメントを残すということは、
そのコメントを公にはしたくないからなのだろう。
そう思うと、拍手欄にコメする人は、
こういう風にあまり大っぴらにして欲しくない人たちなのだろう。
だけど私は、ここ6年ほどの間に、
暖かいコメントをくれた人に対して、何か感謝の意を表したい。
出来ればコメントを返したい気持ちもある。
質問をしているコメントもある。
だけどやっぱり、コメント主さんたちの意志を尊重して、
何も答えず、
ただありがたく拝聴しておくのが私のするべきことなんだろう
と考える。
6年の間にコメントをしてくださった方々には感謝いたします。
ありがとうございます。
これからも、こんな無茶苦茶な言いたい放題の
辺境ブログではありますが、よろしくお願いいたします。
これからは時々拍手コメントもチェックしようと心がけましょう。
コメント欄に書き込んでいただければ私もコメントを返せるので、
質問があればそちらにしていただけたら嬉しい。
あと最後に、「羽生結弦と京都」について、あたりです。
まあ白状してしまいましたが…、
これについてはいずれ。
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と、去年のブログにも書いた。
夏越の祓の数週間前、町内の神社から、
封筒に入った白い無地のヒトガタ(紙製のもの)
がポストに入れられる。
このヒトガタに名前と年齢を書き、
息を3回吹きかけてから、
それとともにいくばくかのお金を封筒に入れて、
神社へ渡す。
ヒトガタは10枚くらいあるので、
自分の名前だけでなく
親戚の名前まで総動員して、年齢など適当に書く。
それでもあまってしまい、白紙のヒトガタもある。
息を吹きかけるなど面倒なので、そんなこともせず、
かなり適当なかたちで神社に届ける。
それを30日に神社がお祓いしてくれるというわけだ。
神社にはすでに鳥居に大きな茅の輪が取り付けられている。
祓に行ったことはないが。
とにかく一年の半年を無事過ごせた、
あとの半年も無事過ごせますようにというお参りらしい。
うちの町内の小さな神社でも
茅の輪が取り付けられているのだから
京都市内の大小の神社でも同じように
茅の輪が用意されているんだろう。
ただし八坂神社だけは茅の輪くぐりは
祇園祭の済んだ7月の末に行われる。
こういうことは慣例になっているので
毎年(暮にもある)行なっているが、
京都以外でも行われている行事なんだろうか。
それはともかく、ブログの体裁の手直しのために、
管理画面に何度もアクセスしていたら、
ある日、拍手コメントなる欄があることに気が付いた。
このブログに拍手機能がついたのが2009年であるらしく、
確かその時に一度見たことがあるような気はする。
だけどそれっきりすっかり忘れ去っていた。
その時は拍手というものがどういうものかなのさえ
理解していなかったように思う。
ただまあ、自分の書いた記事に対して賛同してくれた、
というようなことなのだろう。
これは非常に嬉しいことなので、
こういう辺境のブログでも読んでくれる人がいるのかと、
励みになる。
コメント欄というのがあるので、
自分の記事に対して意見のある、
感想のある人はそこに書き込むことが出来る。
コメントは滅多に来ないが、書いてあると、
これもやはりうれしいものだ。
だけど、拍手欄にもコメントを残すことが出来る、
というのは初めて知ったのでびっくりぽんだ(古い)。
しかもこのコメントは、表に出ず、他人の眼には触れない。
こちらからコメントを返すこともできない。
2009年から、現在の2016年まで、数は多くはないが、
それでも10件以上、コメントが書いてある。
びっくりした。
コメントの書いてある元記事を読んでみると、ひどい。
どの記事でもそうなんだが、
自分の書いた過去の記事は本当にひどい。
どれも書きたいことだけむやみに書き殴っていて、
書き散らしていて、文章もひどい。
読み返してみると、とにかく恥ずかしい。
けれどもこんなひどい文章にも拍手をし、
なおかつコメントをわざわざ残してくれる、
というのは、私の文に同調し、
賛同してくれているからこそなんだろう。
どのコメントも別に私の記事をけなすことも一切なく、
むしろ応援してくれるような内容ばかりだ。
それはそうだろう。
わざわざ拍手をし、
そこに内緒でコメントまでつけるくらいなんだから。
それはとても嬉しいことだったんだが、でも、
それらの暖かいコメントに対して、
私が返事をするすべがない。
コメント主も、コメント欄ではなく、
拍手欄にコメントを残すということは、
そのコメントを公にはしたくないからなのだろう。
そう思うと、拍手欄にコメする人は、
こういう風にあまり大っぴらにして欲しくない人たちなのだろう。
だけど私は、ここ6年ほどの間に、
暖かいコメントをくれた人に対して、何か感謝の意を表したい。
出来ればコメントを返したい気持ちもある。
質問をしているコメントもある。
だけどやっぱり、コメント主さんたちの意志を尊重して、
何も答えず、
ただありがたく拝聴しておくのが私のするべきことなんだろう
と考える。
6年の間にコメントをしてくださった方々には感謝いたします。
ありがとうございます。
これからも、こんな無茶苦茶な言いたい放題の
辺境ブログではありますが、よろしくお願いいたします。
これからは時々拍手コメントもチェックしようと心がけましょう。
コメント欄に書き込んでいただければ私もコメントを返せるので、
質問があればそちらにしていただけたら嬉しい。
あと最後に、「羽生結弦と京都」について、あたりです。
まあ白状してしまいましたが…、
これについてはいずれ。
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