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気が付くと、千秋は洗濯籠を抱えたまま畳の上に倒れていた。夢とうつつの間で混乱しながら、千秋はよろよろと起き上がり、電話の方に行った。受話器を取ると、耳に刺さるような幼稚園の先生の声が飛び込んできた。
「おかあさん! 真夏ちゃんが!!」
はっと我に返ると、千秋は受話器を抱え込み、言った。
「真夏が? どうかしたんですか?」
それからのことは、わけがわからなかった。とにかく、真夏が事故にあって救急車で運ばれたということだけはわかった。
「うそ…、なぜ事故なんか……」
へなへなとそこに座り込みながら、千秋は言った。泣き叫ぶような声で、先生は答えた。
「砂場で遊んでいたら、フェンスの向こうから暴走車が突っ込んできたんです! みさこちゃんはかすり傷で済んだけど、でも真夏ちゃんが!!」
インターバル、インターバル、インターバル……、頭の中で、声にならない叫びがぐるぐると回っていた。千秋はとにかく電話を切り、マンションの外に飛び出して、幼稚園の方に走った。
返さなくちゃいけないんだよ、返さなくちゃいけないんだよ。あの子はおまえの子じゃないんだ……。
黒い人影の声が、頭の中によみがえった。いやだ、失いたくない。真夏はあたしの子なのよ。あたしが生んで、お乳をやって、あたしが育ててきたのよ。
米屋の曲がり角のところで、千秋は何かにつまずいて勢いよく転んだ。すりむいた手のひらをなめながら、涙があふれ出た。そのとき、また燕が視界を横切った。
真夏!!
飛び去っていく燕を、呼び戻すように、千秋は叫んだ。
(了)