コカブです。今日も教育について語りましょう。
今の理数偏重の教育では、子供に人間の心というものを、教えることができません。もちろん理科や数学も大事で、それもおもしろいものですが、そればかり勉強していると、お金の計算ばかりしている馬鹿な大人に落ちてしまう恐れがあります。
人間の心を勉強するためには、国語を重視しなければなりません。それは言葉で心を表現することによって、人間の心の形を学ぶということなのです。良い詩や歌や小説を鑑賞し、感性を刺激し、自らも作品を創作する訓練を積んでいきましょう。そうしているうちに、人間の心というものがどういうものであるかが、だんだんとわかってきます。
道徳だけでは、人間の心を知ることはできません。それは社会のルールを教えるというだけのことだからです。思いやりと言う言葉一つでも、理屈で教えるだけでは、人を思いやる人間を育てることはできません。人の心を感じる感性を育てることが大事なのです。それにはまず、詩歌の鑑賞や創作などを通して、正直な自分の心を表現するという訓練を、子供の頃からさせていきましょう。
数学では、決して人間の心をつかむことはできません。数字の世界にもおもしろいことありますからね、計算力の高い人は理屈で人間の心をつかもうとする。だがE=mc2では、人間の心の姿を理解することはできません。愛を分析することも宇宙を理解することもできません。それは1を3で割ることのようなものです。永遠に同じことばかり繰り返す。
感性を育てるために、子供の頃から、詩歌の創作の訓練をさせなさい。言葉によって、自分の心に触り、人間の心の仕組みを考えていきましょう。作文もよいですが、俳句や短歌、詩などの方が心の勉強になります。美しい歌や詩を暗唱するだけでもよい刺激になります。子供の時だけでなく、大人になってからも続けましょう。心の勉強は、一生続けていくものです。子供の時に基礎をつかんでいれば、大人になってから味わう人生の試練の時などに、正しい心の選択をすることができるでしょう。
かのじょが言っていたことがありますね。人生の大事な選択をせねばならないときには、アンパンを二つに割って、大きな方を相手にあげなさいと。どちらが大きいかを理解するのに必要なのは数学ですが、大きい方を相手にあげるというのは、人間の心の感性が抱いている美しい愛の卵です。
たくさんの本を読み、たくさんの詩文を創作し、人を愛し、人に尽くしてゆくための、自分の心の訓練を積んでいきましょう。