4 王子さまと王女さま
移ろいゆく秋の風景の中を走っていたゲルダは、また疲れてきて、石の上にちょっと座りました。すると、空を飛んでいたカラスが、ゲルダを見かけて、ふと心惹かれました。
ゲルダの目の光の強さを見て、これはいいことを一生懸命がんばっている人だと思い、カラスはゲルダに事情を聞いてみたくなったのです。
「かあかあ、おじょうさん、どうなされたのですか。こんなところにひとりぼっちで、どこにいくのですか」
ゲルダは、勇気だけでここまできたものの、ひとりぼっちだということに、改めてきづいて、なんだか悲しくなりました。そこでカラスに、これまであったことを、残らず話しました。するとカラスは、はたと思い当たることがあるような顔をして、考えこみました。
「待ってください。あなたの探しているカイさんを、わたしは知っているかもしれませんよ」
「え? ほんとう? おしえて、どこにいるの?」
「お静かに。たしかに今、わたしは、あなたの探しているカイさんによく似た人を知っていますよ。でもその人は今、王女さまのところにいますよ」
「それはどういうこと?」
カラスは、自分の知っていることを、ゲルダに話しました。
「これはわたしのいいなずけのカラスから聞いたことなのです。かのじょは王女さまの飼いガラスで、王女さまのことなら何でも知っているのですよ。あなたの住んでいるこの国の王女さまときたら、それは賢いお方で、毎朝の新聞は全部つるりと読んでしまうし、『ぐしんらいさん』や『ぱんたぐりゅえる』や『ディヴァインコメディ』なども、すらすら暗唱できるほどなのだそうですよ」
「まあ、なにも、わからないわ。でもすばらしい人なのね。わたしなら、イエスさまのやさしい行いを四つくらいしか言えないわ」
「まあ、それは聞きたいですね。あとで教えてください。ではまあ、わたしの話の続きをしましょう」
そこでカラスは、すらすらと話をし始めました。
「王女さまはそれは勉強熱心な賢いお方なのですが、ある日、あまり自分の話し相手になれるような人がいないので、退屈に思われたのです。それで、お婿さんをとろうと、思われたのです。やさしく頭の良いお婿さんと暮らして、いろんな話ができる、楽しい暮らしを、思い描かれたのです。
それで、国中にお触れを出したのです。王女さまは自分の話し相手になれるお婿殿をお望みだ。これと思わん若者は城に集まれと。それで、国中からたくさんの若者が集まって来たのです。それはもう、外国でこわい敵を倒してきた将軍や、おもしろい冗談を言って観客を沸かせられる芸人やら、大学で哲学や歴史や数学を勉強している頭の良い博士など、たくさんの若者が、王女さまと一口でもお話がしたいと、集まって来たのです。
ところが、男どもときたら、意気地がない。城の門の前に、蟻の行列のような男の群れを見ると、それだけでげんなりして逃げていくやつがいます。城の門番の兵隊と話をするだけで、気後れして、逃げて行くやつがいます。門番の兵隊と話はできても、その奥の小間使いと話をするだけで、いやになって逃げて行くやつがいます。小間使いと話はできても、その奥にいる下男下女と話をすると、それだけで恥ずかしくなって、逃げて行くやつがいます。下男下女と話をすることができても、その奥にいる侍従や女官と話をすると、大急ぎで逃げて行くやつがいます。侍従や女官と話ができても、その奥にいる顧問官の前に出ると、もういけなくなって、逃げ出すやつがいます。顧問官と話ができて、ようやく王女さまの元に来られても、もう、息も絶え絶えで、王女さまの言う事にも何にも答えられない始末。だれも、王女さまと話ができる若者などいませんでした」
「まあまあ、それでどうなったの? カイはどこにいるの?」
「まあお待ちなさい。話はこれからなのです」
カラスはえへんと咳払いをして、話をつづけました。
「わたしのいいなずけの話によりますと、ある日、小さいこどもが、王女さまをたずねてきたのです。それは金の髪に青い目をしたきれいな男の子で、背中に背嚢をしょっていました」
「ああ、それ、きっとカイだわ。きれいな金の髪をしているの。目は青いのよ。しょっているのは、きっと背嚢でなくて、そりなのよ」
「まあお待ちください。そのこどもは、門から中に入り、下男下女や侍従や女官や顧問官たちなども無視して、すぐに王女さまの前に進み出て、言ったものでした。
『かしこくも美しい王女さま。わたしは、わたしの広い心で、あなたを包んであげましょう。あなたを、わたしの広い心の庭に咲く、美しいばらの木にしてさしあげましょう。わたしの心の庭で、あなたは自由に枝を広げ、水を吸い光を浴び、根を土に広げ、それは美しく茂ることができるでしょう。小鳥と遊び、ちょうちょうやハナアブをからかい、甘い香りをふりまいて、みなを幸せにできる、大きなばらの木に、してさしあげましょう。わたしにはそれができるのです』
と、こういう風に。それを聞いた王女さまは、たいそう驚いて、たいそう喜んで、この男の子を婿にとることにしたのです」
「ああ、それ、きっとカイだわ。なんて賢い子なのかしら。カイとわたしの心には、お庭があるの。花が咲いていたり、小鳥が来たりする、きれいな庭があるのよ。どうしましょう。会いたいわ。どうすれば、カイに会いにいくことができるかしら」
「ああ、それはできるかどうか。王女さまとカイさんがいるお城にいくのは、ちょっとむずかしい。でも、わたしのいいなずけに相談してみましょう。あなたは、ほんとうに、いいことを一生懸命がんばっている人みたいだから、助けてあげましょう」
「ああ、それはありがとう、カラスさん」
そこでカラスは、つばさをひろげて、カアカアと鳴きながら飛んで行ってしまいました。
カラスが帰って来るまで、ゲルダは同じ石の上に座って待っていました。カラスは日も沈んで大分暗くなってから帰ってきました。
「よいように運びましたよ! いいなずけのカラスが教えてくれたのです。門番の兵隊のいるお城の正門からは入れませんが、お城の裏手には、小さな裏庭があって、そこには梯子のような小さな階段があって、王女様の寝室につながっているのです。誰も入れはしないところですが、いいなずけは外からでも入れる入り口をひとつだけ知っているそうですよ。裏庭にコケモモとばらの茂みがあって、その下に、王女さまの犬が出入りする小さな穴があるそうです。そこから入って来いとのことですよ」
「まあまあ、ありがとう。これでカイにあえるのね」
「そうですよ。ほら、少しパンを持って来てあげました。いいなずけが分けてくれたのです。おなかが空いたでしょう。食べなさい」
「ありがとう、ほんとうにありがとう」
ゲルダはカラスにもらったパンを食べました。すると今ようやく、しびれるようにおなかが空いていたことがわかって、おなかに食べ物が入って、体が温まってくるのがわかりました。そこでゲルダは早速、お城にいってカイに会いにいくことにしたのです。
「夜も遅いですから、足元には気を付けてくださいね」
そう言いながら前を飛んでいくカラスのあとを、ゲルダは裸足でついていきました。
カラスはゲルダをコケモモとばらの茂みの所までつれていきました。カラスの言った通り、茂みの下には、犬がようやく入れるくらいの穴があって、ゲルダはそこからお城の裏庭に入って行きました。穴をくぐると、ところどころにランプの明かりが点いた、それはきれいな庭があって、お城の建物の裏のかたちが、うっすらと見えていました。それは夜の中では、大きな鬼がそこに眠っているかのような、こわい様子でしたけれど、ゲルダは勇気を振り起して歩いて行きました。
「さあ、こちらが裏の階段ですよ」と、カラスが教えてくれた階段を、ゲルダはそっと登って行きました。
階段を上ってお城に入ると、そこにはまず広間があって、壁の近くに燃されたランプが、ばら模様の壁紙におおわれた美しい広間の様子を、浮かび上がらせていました。ゲルダはそのランプをとると、カラスに導かれるまま、ドアをとおって、次の広間に入って行きました。そして何度かドアをくぐると、ようやく王女さまの御寝室にたどりつきました。
御寝室には、百合の花の形をしたベッドが二つあって、ひとつは白く、ひとつは赤いゆりの形をしていました。白いゆりのベッドには、王女さまが眠っていました。赤いゆりのベッドには、王子さまが眠っていました。ゲルダははやる心をおさえきれず、赤いゆりのベッドにそっと近寄りました。そしてランプを差し出して、眠っている王子さまの顔を見ようとしたのです。王子さまは向こうを向いていたので、金色の髪と、日焼けした首筋が見えました。それを見て、ゲルダは「ああ、カイだわ」と思って涙をほたりと落としました。すると、その音に気がついて、王子さまが目を覚まし、こちらを向きました。
ああ、ふり向いたときのその顔を見て、ゲルダはまた涙を流しました。それはカイではなかったのです。美しい人ではありましたけれど、ただ髪の色と日焼けした首筋が似ているだけの、まったく違う人だったのです。
「なにごとですの」と、白いゆりのベッドの方から声がしました。そこでゲルダは、王女さまと王子さまにあらためてていねいに挨拶をしなおし、これまでも事情をすべて話しました。
王女さまと王子さまは、不思議そうな顔を見合わせましたが、ゲルダのやさしい心から発することばと、真剣によいことをしようとしているような強いまっすぐなまなざしを見て、これはよい人だと思い、助けてあげることにしたのです。
「カラスや、もうすんだことはいいけれど、これからはこんなことはしないでね。さあその人を、隣の部屋の小姓部屋のベッドに連れて行っておあげ。そこに一つ寝床が空いているはずだわ。そして今日はもうゆっくりお休みなさい。明日になれば、あたたかな朝食を差し上げましょう。そして、旅に出るのに必要な、いろいろなものをさしあげましょう」
そのようにして、ゲルダはカラスとともに、隣の部屋に連れて行かれ、そこであたたかなベッドを与えられ、その夜はもう、ゆっくりと眠ったのです。そして眠りの中で、大きなふたつのゆりの花の上で、カイと楽しそうに遊んでいる夢を見ました。
あくる朝、ゲルダは王女さまに新しい服と新しい靴をもらいました。そしてふんわりとしたコートやマフまでもらいました。頭から足の先まで新しい着物に包まれて、ゲルダのようすはたいそう立派に見えました。
「これから寒くなりますから、暖かくしていきなさい」と王女さまが言いました。そして王女さまはゲルダに、王子さまと王女さまの紋章のついた、立派な馬車まで用意してくれました。御者まで一人、つけてくれました。
「ああ、ありがとうございます。こんなにまでしてくださって。わたしは何もいいことをしていないのに」
「いいのですよ。あなたの友達を思うきれいな心に、してあげたいことがあったのです」と、王子さまが言いました。ゲルダは、この人はカイに似ていないけれど、なんてよいお方なのだろうと思いました。
そしてゲルダは、馬車に乗り、カラスや王女さまや王子さまに別れを告げました。本当になんとよい人たちなのだろうと、心の中が感謝の気持ちでいっぱいになりました。
馬車に揺られながら、ゲルダの心の庭には、また一つ、新しい花が咲いていました。
移ろいゆく秋の風景の中を走っていたゲルダは、また疲れてきて、石の上にちょっと座りました。すると、空を飛んでいたカラスが、ゲルダを見かけて、ふと心惹かれました。
ゲルダの目の光の強さを見て、これはいいことを一生懸命がんばっている人だと思い、カラスはゲルダに事情を聞いてみたくなったのです。
「かあかあ、おじょうさん、どうなされたのですか。こんなところにひとりぼっちで、どこにいくのですか」
ゲルダは、勇気だけでここまできたものの、ひとりぼっちだということに、改めてきづいて、なんだか悲しくなりました。そこでカラスに、これまであったことを、残らず話しました。するとカラスは、はたと思い当たることがあるような顔をして、考えこみました。
「待ってください。あなたの探しているカイさんを、わたしは知っているかもしれませんよ」
「え? ほんとう? おしえて、どこにいるの?」
「お静かに。たしかに今、わたしは、あなたの探しているカイさんによく似た人を知っていますよ。でもその人は今、王女さまのところにいますよ」
「それはどういうこと?」
カラスは、自分の知っていることを、ゲルダに話しました。
「これはわたしのいいなずけのカラスから聞いたことなのです。かのじょは王女さまの飼いガラスで、王女さまのことなら何でも知っているのですよ。あなたの住んでいるこの国の王女さまときたら、それは賢いお方で、毎朝の新聞は全部つるりと読んでしまうし、『ぐしんらいさん』や『ぱんたぐりゅえる』や『ディヴァインコメディ』なども、すらすら暗唱できるほどなのだそうですよ」
「まあ、なにも、わからないわ。でもすばらしい人なのね。わたしなら、イエスさまのやさしい行いを四つくらいしか言えないわ」
「まあ、それは聞きたいですね。あとで教えてください。ではまあ、わたしの話の続きをしましょう」
そこでカラスは、すらすらと話をし始めました。
「王女さまはそれは勉強熱心な賢いお方なのですが、ある日、あまり自分の話し相手になれるような人がいないので、退屈に思われたのです。それで、お婿さんをとろうと、思われたのです。やさしく頭の良いお婿さんと暮らして、いろんな話ができる、楽しい暮らしを、思い描かれたのです。
それで、国中にお触れを出したのです。王女さまは自分の話し相手になれるお婿殿をお望みだ。これと思わん若者は城に集まれと。それで、国中からたくさんの若者が集まって来たのです。それはもう、外国でこわい敵を倒してきた将軍や、おもしろい冗談を言って観客を沸かせられる芸人やら、大学で哲学や歴史や数学を勉強している頭の良い博士など、たくさんの若者が、王女さまと一口でもお話がしたいと、集まって来たのです。
ところが、男どもときたら、意気地がない。城の門の前に、蟻の行列のような男の群れを見ると、それだけでげんなりして逃げていくやつがいます。城の門番の兵隊と話をするだけで、気後れして、逃げて行くやつがいます。門番の兵隊と話はできても、その奥の小間使いと話をするだけで、いやになって逃げて行くやつがいます。小間使いと話はできても、その奥にいる下男下女と話をすると、それだけで恥ずかしくなって、逃げて行くやつがいます。下男下女と話をすることができても、その奥にいる侍従や女官と話をすると、大急ぎで逃げて行くやつがいます。侍従や女官と話ができても、その奥にいる顧問官の前に出ると、もういけなくなって、逃げ出すやつがいます。顧問官と話ができて、ようやく王女さまの元に来られても、もう、息も絶え絶えで、王女さまの言う事にも何にも答えられない始末。だれも、王女さまと話ができる若者などいませんでした」
「まあまあ、それでどうなったの? カイはどこにいるの?」
「まあお待ちなさい。話はこれからなのです」
カラスはえへんと咳払いをして、話をつづけました。
「わたしのいいなずけの話によりますと、ある日、小さいこどもが、王女さまをたずねてきたのです。それは金の髪に青い目をしたきれいな男の子で、背中に背嚢をしょっていました」
「ああ、それ、きっとカイだわ。きれいな金の髪をしているの。目は青いのよ。しょっているのは、きっと背嚢でなくて、そりなのよ」
「まあお待ちください。そのこどもは、門から中に入り、下男下女や侍従や女官や顧問官たちなども無視して、すぐに王女さまの前に進み出て、言ったものでした。
『かしこくも美しい王女さま。わたしは、わたしの広い心で、あなたを包んであげましょう。あなたを、わたしの広い心の庭に咲く、美しいばらの木にしてさしあげましょう。わたしの心の庭で、あなたは自由に枝を広げ、水を吸い光を浴び、根を土に広げ、それは美しく茂ることができるでしょう。小鳥と遊び、ちょうちょうやハナアブをからかい、甘い香りをふりまいて、みなを幸せにできる、大きなばらの木に、してさしあげましょう。わたしにはそれができるのです』
と、こういう風に。それを聞いた王女さまは、たいそう驚いて、たいそう喜んで、この男の子を婿にとることにしたのです」
「ああ、それ、きっとカイだわ。なんて賢い子なのかしら。カイとわたしの心には、お庭があるの。花が咲いていたり、小鳥が来たりする、きれいな庭があるのよ。どうしましょう。会いたいわ。どうすれば、カイに会いにいくことができるかしら」
「ああ、それはできるかどうか。王女さまとカイさんがいるお城にいくのは、ちょっとむずかしい。でも、わたしのいいなずけに相談してみましょう。あなたは、ほんとうに、いいことを一生懸命がんばっている人みたいだから、助けてあげましょう」
「ああ、それはありがとう、カラスさん」
そこでカラスは、つばさをひろげて、カアカアと鳴きながら飛んで行ってしまいました。
カラスが帰って来るまで、ゲルダは同じ石の上に座って待っていました。カラスは日も沈んで大分暗くなってから帰ってきました。
「よいように運びましたよ! いいなずけのカラスが教えてくれたのです。門番の兵隊のいるお城の正門からは入れませんが、お城の裏手には、小さな裏庭があって、そこには梯子のような小さな階段があって、王女様の寝室につながっているのです。誰も入れはしないところですが、いいなずけは外からでも入れる入り口をひとつだけ知っているそうですよ。裏庭にコケモモとばらの茂みがあって、その下に、王女さまの犬が出入りする小さな穴があるそうです。そこから入って来いとのことですよ」
「まあまあ、ありがとう。これでカイにあえるのね」
「そうですよ。ほら、少しパンを持って来てあげました。いいなずけが分けてくれたのです。おなかが空いたでしょう。食べなさい」
「ありがとう、ほんとうにありがとう」
ゲルダはカラスにもらったパンを食べました。すると今ようやく、しびれるようにおなかが空いていたことがわかって、おなかに食べ物が入って、体が温まってくるのがわかりました。そこでゲルダは早速、お城にいってカイに会いにいくことにしたのです。
「夜も遅いですから、足元には気を付けてくださいね」
そう言いながら前を飛んでいくカラスのあとを、ゲルダは裸足でついていきました。
カラスはゲルダをコケモモとばらの茂みの所までつれていきました。カラスの言った通り、茂みの下には、犬がようやく入れるくらいの穴があって、ゲルダはそこからお城の裏庭に入って行きました。穴をくぐると、ところどころにランプの明かりが点いた、それはきれいな庭があって、お城の建物の裏のかたちが、うっすらと見えていました。それは夜の中では、大きな鬼がそこに眠っているかのような、こわい様子でしたけれど、ゲルダは勇気を振り起して歩いて行きました。
「さあ、こちらが裏の階段ですよ」と、カラスが教えてくれた階段を、ゲルダはそっと登って行きました。
階段を上ってお城に入ると、そこにはまず広間があって、壁の近くに燃されたランプが、ばら模様の壁紙におおわれた美しい広間の様子を、浮かび上がらせていました。ゲルダはそのランプをとると、カラスに導かれるまま、ドアをとおって、次の広間に入って行きました。そして何度かドアをくぐると、ようやく王女さまの御寝室にたどりつきました。
御寝室には、百合の花の形をしたベッドが二つあって、ひとつは白く、ひとつは赤いゆりの形をしていました。白いゆりのベッドには、王女さまが眠っていました。赤いゆりのベッドには、王子さまが眠っていました。ゲルダははやる心をおさえきれず、赤いゆりのベッドにそっと近寄りました。そしてランプを差し出して、眠っている王子さまの顔を見ようとしたのです。王子さまは向こうを向いていたので、金色の髪と、日焼けした首筋が見えました。それを見て、ゲルダは「ああ、カイだわ」と思って涙をほたりと落としました。すると、その音に気がついて、王子さまが目を覚まし、こちらを向きました。
ああ、ふり向いたときのその顔を見て、ゲルダはまた涙を流しました。それはカイではなかったのです。美しい人ではありましたけれど、ただ髪の色と日焼けした首筋が似ているだけの、まったく違う人だったのです。
「なにごとですの」と、白いゆりのベッドの方から声がしました。そこでゲルダは、王女さまと王子さまにあらためてていねいに挨拶をしなおし、これまでも事情をすべて話しました。
王女さまと王子さまは、不思議そうな顔を見合わせましたが、ゲルダのやさしい心から発することばと、真剣によいことをしようとしているような強いまっすぐなまなざしを見て、これはよい人だと思い、助けてあげることにしたのです。
「カラスや、もうすんだことはいいけれど、これからはこんなことはしないでね。さあその人を、隣の部屋の小姓部屋のベッドに連れて行っておあげ。そこに一つ寝床が空いているはずだわ。そして今日はもうゆっくりお休みなさい。明日になれば、あたたかな朝食を差し上げましょう。そして、旅に出るのに必要な、いろいろなものをさしあげましょう」
そのようにして、ゲルダはカラスとともに、隣の部屋に連れて行かれ、そこであたたかなベッドを与えられ、その夜はもう、ゆっくりと眠ったのです。そして眠りの中で、大きなふたつのゆりの花の上で、カイと楽しそうに遊んでいる夢を見ました。
あくる朝、ゲルダは王女さまに新しい服と新しい靴をもらいました。そしてふんわりとしたコートやマフまでもらいました。頭から足の先まで新しい着物に包まれて、ゲルダのようすはたいそう立派に見えました。
「これから寒くなりますから、暖かくしていきなさい」と王女さまが言いました。そして王女さまはゲルダに、王子さまと王女さまの紋章のついた、立派な馬車まで用意してくれました。御者まで一人、つけてくれました。
「ああ、ありがとうございます。こんなにまでしてくださって。わたしは何もいいことをしていないのに」
「いいのですよ。あなたの友達を思うきれいな心に、してあげたいことがあったのです」と、王子さまが言いました。ゲルダは、この人はカイに似ていないけれど、なんてよいお方なのだろうと思いました。
そしてゲルダは、馬車に乗り、カラスや王女さまや王子さまに別れを告げました。本当になんとよい人たちなのだろうと、心の中が感謝の気持ちでいっぱいになりました。
馬車に揺られながら、ゲルダの心の庭には、また一つ、新しい花が咲いていました。