ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

ラッセルによる「自由人の十戒」

2011-03-23 13:41:18 | ときのまにまに
偶然のことから、いやいや本当にたまたまなので、何の皮肉も、お説教もありません。本当に偶然、英国人哲学者バートランド・ラッセルの「自由人の十戒」という文章に出会いました。もちろんラッセルの名前は知っていましたが、彼にはほとんど興味がなく、著作も一冊も手に取ったことがありません。でも、この度この文章に接し、非常に面白いと思いました。いろいろ、論じたいこともないではありませんが、取りあえず、彼が提案している「自由人の十戒」を紹介しておきます。この文章は1951年12月に発表された「狂信への最良の解答――自由主義」という論文の末尾に「A Liberal Decalogue」として掲載されたものです。
この十戒の前文に「Perhaps the essence of the Liberal outlook could be summed up in a new decalogue, not intended to replace the old one but only to supplement it. The Ten Commandments that, as a teacher, I should wish to promulgate, might be set forth as follows:」という前文が置かれています。この前文を下記のように翻訳している人もいます。
<自由人の見解のエッセンスは、多分新しい十戒として要約できるであろう。それは、従来の十戒にとってかわるものではなく、それを補足するものである。一教師として私が広めたいと思う「十戒」は、以下のごとく述べることができるだろう。>
ここで「the essence of the Liberal outlook 」という表現は興味を惹きます。いかにも英国人のユーモアが感じられます。また、冒頭の「Perhaps」という出だしも、ドイツ哲学に慣れている者にとっては驚きです。「自由人の言われている人間たちを突き詰めたら、多分こんなことじゃないの」ということを旧約聖書「十戒」をもじって(皮肉って)いるような感じがします。その「ニヤニヤ」の背後に非常に鋭い「眼」が光っていることを見逃してはならないと思います。

第1の戒め 何事も絶対確実だと思うな。
第2の戒め 何事も証拠を隠してまでして押し進めるだけの価値があると考えてはいけない。そういった証拠は、必ず明るみにでてくるものだからである。
第3の戒め 成功を確信しても、考え続けることを決してやめてはいけない。
第4の戒め 反対にあった時、それが家族(夫や自分の子供)であっても、権威で勝とうとせずに、議論で相手をうち負かすように努力すべきである。なぜなら、権威に依存する勝利は、現実的な勝利ではなく、幻影にすぎないからである。
第5の戒め 他人の権威に尊敬を抱いてはならない。なぜなら、その権威とは相容れない権威が発見されるのが常だからである。
第6の戒め あなたが有害だと思う意見を力で抑圧してはならない。なぜなら、そうすればこんどはそれらの意見が貴方を抑圧するだろう。
第7の戒め 意見が世間から並外れていることを恐れてはならない。なぜなら、現在受け入れられている全ての意見はかつては並外れていたものだからである。
第8の戒め 不本意ながら賛成するよりも、分別をもって異論を唱えることに喜びを見つけなさい。なぜなら、もしあなたがあるがままに知性に価値を認めるならば、前者よりも後者の方がより深い同意を意味するからである。
第9の戒め たとえ真実が不都合なものであったとしても、どこまでも良心的に真実であるべきである。なぜなら、もしあなたが本当のことをかくそうとすると、もっと都合が悪いことになるからである。
第10の戒め 愚か者の楽園に暮らす人たちの幸せを羨ましがってはいけない。なぜなら、それを幸せだと考えるのは愚か者だけだからである。
(田中義之訳)

ラッセル先生流に考えると、異常の翻訳は信用できるのか。まぁ、たかが翻訳ではないか、などと考えてはいけない。それで、この翻訳に異論をもつ、もう一つの翻訳を紹介しておこう。
第1戒 いかなることも絶対に確実だと思ってはならない。
第2戒 証拠を隠すことにより信用させてはならない。証拠は必ず明るみに出るのだから。
第3戒 自分の勝利が確実だからと言って、考えることを緩めてはならない。
第4戒 反対にあったら、それが家族からであっても、自分の権威ではなく議論によって克服するよう努力せよ。権威による勝利は幻想なのだから。
第5戒 他の人の権威に対して敬意を払ってはならない。権威者には常に、その反対の意見を唱える権威者がいるのだから。
第6戒 有害と思える考えを力で抑えてはならない。抑えようとすれば、その有害と思える考えがあなたを抑えようとするだろう。
第7戒 自分の考えが常識はずれであることを恐れてはならない。現在受け入れられているあらゆる考えは、最初は常識はずれだったのだから。
第8戒 安易に同意することではなく、知性的に異議を唱えることに喜びを感じるようにせよ。知性は尊ぶべきであり、前者より後者のほうが知性を尊ぶことにつながる。
第9戒 真実が不都合なものであっても真実に対して実直でなければならない。真実を隠そうとすると、より不都合な結果を招くのだから。
第10戒 愚か者の楽園に住む者が幸福でも、それを羨んではならない。愚か者のみが、それを幸福と感じるのだから。

まぁ、私の見る所、どっちこっちの翻訳であるので、参考までにラッセル先生の原文も掲載しておこう。原文を「参考までに」というのも変だと思いますが・・・・・・まぁ、いいでしょう。それが自由人のスタンスなのですから。

A Liberal Decalogue
1. Do not feel absolutely certain of anything.
2. Do not think it worth while to proceed by concealing evidence, for the evidence is sure to come to light.
3. Never try to discourage thinking for you are sure to succeed.
4. When you meet with opposition, even if it should be from your husband or your children, endeavor to overcome it by argument and not by authority, for a victory dependent upon authority is unreal and illusory.
5. Have no respect for the authority of others, for there are always contrary authorities to be found.
6. Do not use power to suppress opinions you think pernicious, for if you do the opinions will suppress you.
7. Do not fear to be eccentric in opinion, for every opinion now accepted was once eccentric.
8. Find more pleasure in intelligent dissent than in passive agreement, for, if you value intelligence as you should, the former implies a deeper agreement than the latter.
9. Be scrupulously truthful, even if the truth is inconvenient, for it is more inconvenient when you try to conceal it.
10. Do not feel envious of the happiness of those who live in a fool's paradise, for only a fool will think that it is happiness."


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