■根拠なき緊急事態宣言はもはや人災でしかない~事業者を圧迫、婚姻は大幅な減少~
東洋経済 2021/04/30 枩村秀樹 : 日本総合研究所 調査部長・チーフエコノミスト
https://toyokeizai.net/articles/-/425813
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4月25日に3回目の緊急事態宣言が4都府県で発令された。
菅首相は記者会見で、「効果的な対策を短期間で集中して実施し、ウイルスの勢いを抑え込みたい」と強調した。
しかし、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を使ったコロナ対策は限界に来ていると思われる。
狙いどおりの結果を得るのは困難で、むしろ経済・社会に甚大なマイナスの影響をもたらすだろう。
・活動制限と感染増減には相関関係がない
緊急事態宣言やまん延防止等重点措置といった活動制限策には、3つの問題点があると思う。
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第1に、エビデンス(根拠)に基づいた政策なのかという点である。
今回の緊急事態宣言でも、さまざまな制限策が講じられているが、疑問のあるものが少なくない。
建物の床面積合計が1000平方メートルを超える商業施設は休業対象だが、この線引きはどのような判断から出てきたのか。
会話することのない映画館を休業させる理由は何か。
学校の部活動の禁止、夜20時以降の消灯の狙いは。
政策というものは、まず現状分析に基づくエビデンスを見つけ、それを踏まえて打ち出すものである。
制限対象となる施設・活動がこれまでどの程度コロナ感染を拡大させたのか、各々の活動制限によって、どの程度の感染抑制効果が見込めるのか。
こうした根拠が示されないままでは、思いつきの施策で国民を翻弄しているようにみえる。
大型連休の直前にさまざまな制限が唐突に導入され、事業者は本当に困り果てている。
政策の狙いが共感されないと、国民の前向きな協力は得られず、政府・自治体への不信感だけが増幅していく。
ちなみに、アメリカのマクロデータで検証すると、活動制限の効果は限定的というエビデンスが得られる。
アメリカでは昨年10月ごろからコロナ感染が急増し、今年1月に大きなピークを迎えた。
図は時間的ラグを考慮して、昨年12月の州ごとの活動制限の強さが、今年1月の死亡率にどのような影響を及ぼしたかを見たものだが、両者の相関関係はほぼゼロという結果になる。
活動制限を強化しても、必ずしもコロナの感染・死亡を減らせるわけではないことを示唆している。
第2に、仮に一定の効果があるとしても、一時的な現象にすぎないのではないかという点である。
今年1月に発令された2回目の緊急事態宣言のときに、「十分に感染者を減らし切ってから宣言を解除すべき」との意見が数多く出された。
そのほうが、その後の感染抑制に成功するとの主張だ。
しかし、世界中で実際に観察されたのは、感染をいったん制圧しても、必ず再流行するという事実だ。
日本では昨年6月ごろに感染者数はゼロ近くにまで減少した。
欧州主要国でも、昨年6~7月ごろの感染者数は限りなくゼロに近づいた。
ところが、数カ月後にはさらなる猛威で感染が再拡大したのは周知のとおりである。
次々と変異ウイルスが現れている現状を踏まえれば、感染は必ず再発するという前提で臨む必要がある。
政策を立案する際には、「有効」と「有用」の違いを認識することが重要だ。
活動制限は感染防止に「効く」としても、何度も流行が押し寄せることを前提にしたら、はたして社会にとって「役に立つ」政策とはいえるのだろうか。
短期的な感染減少ばかり追い求めた結果、国民に対して長期の苦痛を強いているのが現状だと思われる。
ここ数年「SDGs(持続可能な開発目標)」が関心を集めているが、コロナ対策にも持続可能性という視点が必要であろう。
・人出が減らないのは国民の合理的な判断
第3に、そもそもこれだけ広範囲の活動制限が必要なのかという点である。
日本のコロナ死亡率は国際的にみても非常に低い。
人口100万人当たりの死者数は、4月26日時点で79人。
これに対して、米国は1730人、英国は1877人、ドイツは979人と、いずれも日本の10倍以上の規模である。
コロナの脅威に直面している国ではあらゆる対策が必要であるが、死亡率が低い日本で活動制限による感染防止策は、どこまで正当化されるのか。
また、他の死亡リスクと比べてもコロナの死亡リスクは決して高いとはいえない。
コロナによる死者数は4月26日に1万人を超えたが、インフルエンザでも毎シーズン1万人程度の死亡者が出ている。
昨年1年間の総死者数も前年割れとなり、新型コロナによって超過死亡が押し上げられたという事実もない。
高齢者の死亡率はインフルエンザより高いと言われているが、逆に、若者の死亡率はインフルエンザと違ってほぼゼロである。
少なくとも若者にとっては、日常生活で日々接している他のリスクと何ら変わらない。
こうした事実にもかかわらず、国民に自粛生活を求めるなら、政治リーダーはその説明責任を果たすことが必要だ。
人出が増えたというニュースに対して、マスコミや政治家が「気の緩み」や「緊張感が足りない」とコメントするケースがある。
しかし、人出が増えたのは、コロナの危険性と自らの生活・事業の継続を天秤にかけた国民の合理的な判断の結果ではないか。
上記3点を勘案すれば、今回の緊急事態宣言も過剰対応だと言わざるをえない。
活動制限の意義が不確かな一方で、それに伴うコストは深刻なレベルに達している。
まず、対象地域を絞った活動制限にもかかわらず、想定を大きく上回るマイナス影響を生み出していることを指摘したい。
・「緊急事態宣言」でほかの地域でも活動縮小
普通に考えれば、活動制限が導入された地域の人出は減少し、導入されていない地域の人出は変わらないはずである。
活動制限地域からの流入で人出はむしろ増えることも考えられる。
しかし、実際に日本で起きているのは、活動制限の対象地域とまったく同じパターンで、全国の人出水準が低下するという現象である。
1月8日の緊急事態宣言の際には、対象となった1都3県の人出は発令前後の1週間で18.0%減少した。
そして、対象とならなかったその他43道府県の人出も、同期間に16.4%減少したのである。
4月5日のまん延防止等重点措置の際にも、対象となった1府2県の人出が6.5%減少するなか、対象外の44都道府県の人出も5.6%減少した。
このような「同調意識」はどのようにして生まれるのだろうか。
日本人の国民性もあると思われるが、政府やマスコミの報道姿勢も一因と思われる。
一地域の活動制限を大きなニュースとして取り上げ、「恐怖のコロナ」という修飾語を付加したうえで全国の家庭に配信し、国民に萎縮ムードを植え付けているからだ。
結果、特定地域で活動制限が発令されるだけで、全国レベルで一斉に活動を抑制してしまうのである。
こうした自粛行動によって、どれくらいのコスト(犠牲)が発生しているのだろうか。
4つの切り口から分析してみたい。
第1に、マクロ経済でみると、昨年1年間でGDPは22兆円減少した(約4%)。
ただし、リーマンショック時のように全業種で平均して落ち込んだのではなく、好不調の差が著しく拡大したことが特徴である。
具体的には、製造業はすでにコロナ前の生産水準を回復する一方、サービス業では大きく落ち込んだ状態が続いている。
個人消費の形態別寄与度をみても、家具・家電製品などが含まれる耐久財はプラスに転じる一方、サービス消費はマイナス幅がそれほど縮まっていない。
サービス産業の苦境は本当に深刻である。
日銀短観の業況判断DIをみても、宿泊・飲食サービスと対個人サービスが飛び抜けて落ち込んでいる。
売上高がゼロの状態に陥っても、固定費だけは確実に流出するため、赤字は累積的に増加していく。
個人事業主や小規模事業者が多いサービス業では、コロナ禍に対応した業態転換もそう簡単には実現しない。
これまでは「活動制限はいつか終息する」という希望を抱いて事業を継続してきたが、活動制限が繰り返し発令される現実を目の当たりにすれば、倒産や自主廃業を選択する事業者も増えてくるだろう。
・サービス産業の落ち込みが招く非正規の大量失業
第2に、サービス産業の苦境は、労働市場における格差を拡大させている。
消費減少を主因に雇用者数は前年割れを続けているが、その内訳をみると、非正規雇用が大きく減少していることがわかる。
とりわけ、女性の非正規労働者が直近値で前年比75万人も減少している。
さらに詳しく見ると、若年世代の女性の非正規労働者が大きく落ち込んでいる。
今年1~2月時点でも、15~44歳の女性非正規労働者は前年を1割前後も下回った。
こうした動きは、男性を中心に雇用環境が悪化したリーマンショック時とは対照的である。
当然、女性の非正規労働者にしわ寄せが行った理由は、サービス産業での業績悪化である。
もともと宿泊・飲食サービスでは、雇用者に占める女性非正規の割合が5割を超えていた。
生活関連サービスや娯楽業でも、女性非正規の割合は4割を超えている。
そのため、活動制限による売り上げ減少に直面した企業は、真っ先に女性の非正規労働者を解雇したのであろう。
こうして失職した女性の非正規労働者に対して、政策支援は十分に行われているだろうか。
支援制度の認知不足や手続きの複雑さから、救済の手が差し伸べられていない女性は多い。
昨年1年間で、男性の自殺者が減少する一方、女性の自殺者が急増したのも、生活苦に対する支援不足が原因だった可能性がある。
第3に、子どもの成長阻害も、まだ統計として現れていないマイナスの影響である。
学校では依然としてさまざまな制約を受けながら授業を行っている。
大学では、オンライン授業が主体という学校も多い。
新しい教育スタイルという前向きな評価もありうるが、総合的に考えれば、やはり学力に対して負の影響を与えることになるだろう。
また、子どもと社会との接点が少なくなったことで、自制心、協調性、粘り強さ、忍耐力といった「非認知能力」の形成にも支障を来している。
非認知能力は、学力以上に将来の成功を左右する要因であることが、米国などでの調査で明らかになっている。
若年期の一回限りの成長機会を阻害されることは、個々人の人間形成の面で大きな問題になるだけでなく、マクロ的にみても、人的資源のクオリティ低下を通じて潜在成長率を引き下げることになる。
子どもの健全な成長を願うなら、子ども庁創設の前に今すぐやるべきことがあると思う。
・結婚件数の減少は出生数を14万人押し下げる
第4に、少子化を加速させることである。
実はこれが、日本社会における最も大きなマイナス影響かもしれない。
非嫡出子が相対的に少ない日本では、出生率の変動要因は、有配偶率、すなわち結婚率と有配偶者出生率(完結出生児数)の2要因に分解できる。
このうち、少子化の原因としてより大きかったのは、有配偶率の低下であった。
実際、完結出生児数はほぼ2人前後を維持してきたのに対し、20~30代女性の有配偶率は趨勢的に急低下してきた。
日本の少子化対策を語る際には有配偶率が非常に大きな意味を持つ。
ところが、昨年の結婚件数は前年に比べ7万件以上減少したため、有配偶率の低下が加速した公算が大きい。
この背景には、コロナ対策で醸成された自粛ムードによって、出会いの場がなくなったり、結婚を先送りする動きが広がったためと考えられる。
2011年の東日本大震災のときにも結婚件数は大きく減少し、翌年には盛り返す動きがみられたものの、2011年の落ち込みを完全に取り戻すには至らなかった。
今回も、先送りされた結婚が今後顕在化する可能性はあるものの、出会いの機会が大幅に減少していることを勘案すれば、昨年の落ち込み分を取り戻すのは難しいだろう。
ちなみに、2015年の完結出生児数(1.94人)をもとに試算すれば、昨年の結婚件数の減少は、今後の出生数を14万人押し下げることになる。
以上のように、現在のコロナ対策は、現下の経済的な損失が大きいだけでなく、中長期にわたる社会活力も急速に奪いつつある。
これまでのコロナ対策は、感染者数の増加に翻弄されて、効果とコストのバランスを欠いていたと思われる。
コロナウイルスの真の姿は、すでに昨年6月ごろにはある程度明らかになっていた。
すなわち、日本人にとってのコロナウイルスは、米欧諸国に比べても、他の死亡リスクと比べても、それほど脅威ではないという事実である。
理由は不明ながら、日本人には「ファクターX」が与えられていたのである。
そのファクターXを十分に活かさず、活動制限に偏重したコロナ対策によって経済的・社会的な二次被害を拡大させてしまったというのが過去1年間の振り返りである。
昨年5月までは「未知のウイルス」による天災だったが、昨年6月以降は政府の過剰対応による人災と言うこともできよう。
遅きに失した感はあるものの、早急にコロナ対策を見直すべきである。
感染症専門家の意見を聞くだけでなく、より広い視点で政治決断することが必要だ。
死亡率が高い欧米型の「活動制限で感染を抑制する」というスタンスを脱し、日本独自の対策に軌道修正することが求められる。
感染者数だけに右往左往するのではなく、感染を抑制しつつコロナとの共存を目指すという姿である。
具体的には、重症化率の高いハイリスク者に対する感染防止・治療に医療資源を集中的に投入する。
そして、ハイリスク者以外には、基本的に自由に生活させるべきだ。
活動制限が必要と判断される場合は、エビデンスを提示して、本当に必要なエリアで最小限にとどめるべきである。
・「指定感染症」見直しを。「願望に基づく政策」は最悪
こうした政策に切り替えるに当たっては、まず指定感染症の見直しが不可欠である。
コロナ受け入れ病院や保健所を逼迫させているのも、指定感染症として厳格な対応をとることが求められているからだ。
コロナをエボラ出血熱・ペスト並みに扱う現在の分類を改め、インフルエンザ並みの5類相当に変更すれば、医療機関もより柔軟に対応できるようになる。
これまでのコロナ対策は「願望に基づく政策」であった。
「この感染拡大さえ収束させれば」「飲食店さえ営業短縮すれば」「地域限定で活動制限さえすれば」等々。
こうした説明に国民は辟易しているのではないだろうか。
根拠に基づく政策、大局観に立った政策、国民生活に寄り添った政策に変えていくべきである。
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根拠なき緊急事態宣言はもはや人災でしかない~事業者を圧迫、非正規雇用と婚姻は大幅な減少~
東洋経済 2021/04/30 枩村秀樹 : 日本総合研究所 調査部長・チーフエコノミスト
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