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23番目の宮入りとなります。小川町連合です。
小川町連合は「小川町一丁目南部町会、小川町二丁目南部町会、小川町三丁目西町会、小川町北部一丁目町会、小川町北部二丁目町会、小川町北三町会」の6つの町会の連合となっています。
江戸時代の初め、この地は、鷹狩(たかがり)に使う鷹の飼育を行う鷹匠(たかじょう)が住んでいたことから、元鷹匠町(もとたかじょうまち)と呼ばれていましたが、元禄(げんろく)6年(1693)に小川町と改称されました。五代将軍綱吉(つなよし)が「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」を施行、鷹狩を禁止したためである、といわれています。小川町の名前の由来は、このあたりに清らかな小川が流れていたからとも、「小川の清水」と呼ばれる池があったからともいわれています。
これらの町会には簿記学速記学速成教授所のほか、英語、漢学、数学などを教える研精義塾(けんせいぎじゅく)、裁縫(さいほう)を教える裁縫正鵠(せいこく)女学校、東京物理学校など、数多くの学校がありました。東京物理学校は現在の東京理科大学の前身で、夏目漱石(なつめそうせき)の小説『坊っちゃん』の主人公が学んだ学校です。
江戸時代には、 小川町北三町会に軍備の充実を目的として洋式訓練所、「歩兵屯所」 (ほへいとんしょ)が組織されました。
明治以降、この周辺には学校が多かったため駿河台(するがだい)や神保町(じんぼうちょう)などとともに学生街として栄えていましたが、昭和30年代ごろから学生や若者の趣味を反映して大型のスポーツ用品店が数多く出店し、スポーツ店街としても賑(にぎ)わっています。
町会の該当区域は小川町一・二・三丁目のほぼ全域となっています。
●アナウンサーの女性、健闘ご苦労様。とても楽しいですよ。ただもう少し詳しく神輿や祭りのことを知って話していただいたらベストなんですが?一度、僕らの所でも担ぎに来て下さい。