ジャイ子は何もできないブス
別にデブをジャイ子と言ってるわけではない。
デブでも有能な人は多いだろう。
昭和初期辺りから、東アジアはとても戦争好きになり、地位や金等「権力」を暴力で入手する方法をよく使うようになった。
暴力で入手できるモノなら何でも手にしようと、今度は芸術家やメダルを貰える選手やあらゆる勲章が貰える職や記録に名前を残せる人に為ろうとしたのだろう。
上昇志向は悪くない。しかし、方法を間違えると、殺戮の連続で、ほとんど何もできないのに勲章やメダルや記録や資格だけを沢山積み、積み木の様にして見せびらかすだけだ。
とても気持ち悪い。
文化大革命で、文人や学者を農民にして殺し、農民を彼らに成りすまさせ、入れ替えが果たして成功したのか?ほぼ大失敗したはずだ。
たまの成功例よりも、多くの文人や学者のもたらす利益や富の方がはるかに多かったはずだ。
私の家は学者の親ではないし、芸術家の家庭でもないが、母には芸術的なセンスがあった。いつも驚かされるその芸術的なセンスに、私は喜んだものだ。
動物との霊的な付き合いも、母方の血筋らしい。賢い飼い犬の話を聞かされ、犬は賢い動物だと知っている。台湾実家で飼っていた猫も賢かった。最近、鳥もかなり賢いと判明したが、別に飼っていないのに、人間の私に興味を持ち、何かと助けようとする。
私を殺しても、ジャイ子に動物は寄り付かないはずで、動物が嫌う暴力家の統治する世界は、農民らの学者文人なりすましよりつまらないだろう。歌の下手なジャイアンの歌会や、ジャイ子の誰かに描かせた絵の画家登録や、吐き気のする出来事に付き合わなければならないからだ。