唯物論者

唯物論の再構築

国別通貨価値(4)

2013-11-10 11:55:34 | 各論

4.国民に課せられた各種の非生産的経費

 通貨価値の差異が、人件費の国際的な差異をもたらすのか? 逆に人件費の国際的な差異が、通貨価値の差異をもたらすのか? この理念対立を理解する上で、前節の1点目に続く2点目の困難は、労働力再生産のために国民に課せられた各種の非生産的経費の扱いである。ここで言う各種の非生産的経費とは、地代を含む権力者への上納部分を指す。人件費に占める無意味な上納部分の増大は、生産性を向上させることなく、むしろ生産性に対立する形で人件費全体を増加させる。結果的に権力者の資産は増大するのだが、大多数の国民所得は実際には全く増大することができない。上納部分の増大速度が国家全体の資産の増大速度と符合するなら、大多数の国民が貧困なままに国家全体の資産は増大し、通貨価値だけが大きくなる。もちろん上納部分の増大速度が国家全体の資産の増大速度を超えるなら、今度は大多数の国民がむしろ貧困化する一方で国家全体の資産は増大し、不自然な形の通貨価値の増大が発生する。このような2点目の困難は、前節で述べた1点目の困難を助長し、さらに通貨価値の理解を妨げている。ただし通貨発行国での労働力の再生産に必要な生活資材の塊の大きさを、通貨価値が表現するとの前提が確立するなら、非生産的経費も必要な生活資材塊の中に含まれる一つの特殊な商品であることも見えてくる。つまり非生産的経費は、該当国家での商品生産活動において、生産者が避けることのできない無意味な冗長部分として理解される。非生産的経費とは、該当国家の国民に押しつけられた無駄な生活必要部分に相当する生活資材の総称なのである。言うなればそれは、総会屋が脅し先の企業に渡す二束三文の新聞が、あたかもその脅される企業の必需品として現れるのと同じである。

 二国における労働力の再生産に必要な生活資材塊は、例えば次のように現れる。

途上国



イン
フラ

先進国食糧衣料養育老後蓄財地代インフラ

上記例ではもっぱら項目の全般で、途上国に比べて先進国の側の生活資材塊を大きくしている。この例での各項目部分の大きさの差異は、次のような発想において規定している。

食糧: この想定例では国家間の民族的体型で差異を考えていないので、途上国と先進国で必要な食料の大きさも変えていない。そもそも富者と貧者の間で、必要な食事量に数倍の差異が出るものではない。せいぜい富者の食事が入手困難な食材を毎回使用するなら、その食材の取得に必要な労働力量の差異において、富者と貧者の間での必要な食糧の大きさも変わり得るだけである。ただしここでの例は、そのような考慮も排除している。

衣料: 気候が温暖であれば、衣料は軽微なもので充分であり、逆に気候が寒冷であれば、衣料は重厚でなければ生きてゆけない。結果的に気候の寒暖差は、必要生活資材の中に占める衣料部分の大きさに影響を与え、温暖な地域の労働力をより小さく低廉にし、寒冷な地域の労働力をより大きく高価にする。ただしこのような気候的な理由とは別に、生活富裕化において衣料品の量と質は増大する。現代社会において衣服は、比較的に手軽で実用的な贅沢品だからである。

養育/老後向け蓄財: 一般的に生活富裕化において、子供の養育を含む家族の扶養部分の生活資材の量と質は増大する。さらに富裕化は、老後に備えた蓄財を、家族の扶養部分から独立させる。無学と貧困が常態化した社会の場合、子供の養育に掛け得る家計部分は小さく、また老後のための蓄財は困難である。貧困家庭は、直近の生活を維持するために、教育や医療、保険などの本来なら必要な生活資材を、不必要な生活資材とみなして余儀なく切り捨てる。そしてそれらの欠如が、常態化した貧困へと貧者をより一層拘泥させる。老後向け蓄財部分は、途上国でも存在するはずであるが、寿命の短さや食料費の安さ、そして貧困それ自体が、老後向け蓄財部分の表面化を妨げる。したがってこの例での途上国労働者には老後が存在しない。すなわち途上国の労働者は働けなくなった時点で、家族ともども自らの生を断念するしかない。このように無学と貧困が常態化した途上国の社会では、養育や蓄財が当たり前のように生活から切り捨てられる。それに対して、逆に無償教育や福祉医療が常識の先進国の社会では、養育や蓄財が重厚でなければ生きてゆけない。結果的にそれぞれの国における養育や蓄財の位置付けは、必要生活資材の中に占める養育や蓄財に該当する部分の大きさに影響を与え、途上国の労働力をより小さく低廉にし、先進国の労働力をより大きく高価にする。

地代: この想定例では、先進国側の地代を途上国の地代よりかなり高めに設定している。先進国における余剰化した賃金が地代の上昇に連繋するという予想も立つし、途上国における極度の貧困がスラムを生み、またはホームレス化することで、地代が無意味になるという予想も立てられるからである。もちろんアメリカのように膨大な無所有地を有する国も存在しており、途上国と先進国における地代の差異の傾向を一概に言うことはできない。それでも必要生活資材の中に占める地代部分が小さいのであれば、確実にその該当地域の労働力も小さく低廉になるし、逆に必要生活資材の中に占める地代部分が大きいのであれば、確実にその該当地域の労働力もより大きく高価になる。
 ちなみに地代と異なり、上記の労働力の再生産に必要な生活資材塊の中に剰余価値は登場しない。地代は労働者が労賃から支払うのに対し、剰余価値は労働者に労賃が支払われる前に既に控除されているからである。そのことは、剰余価値の成立前に既に労賃が確定していると言い表されても良い。したがって地代は確定後の労賃を減少させるのに対し、剰余価値は確定後の労賃を減少させることは無い。あるいは剰余価値は確定前の労賃を減少させると言い表されても良い。結果的に剰余価値の増大が人件費の増大に直結しないのに対し、地代の増大は人件費の増大に直結する。そしてここでの想定例も、先進国における地代部分の増大を、先進国における労働力の価格高騰の大きな要因に捉えている。

生活や産業インフラの維持と構築: この想定例では、先進国側の生活や産業インフラの維持と構築を途上国のそれより高めに設定している。先進国における賃金の高騰がインフラの維持構築費を累進的に上昇させるであろうし、既に構築しているインフラの維持費も途上国に比べるとかなり大きいとの予想も立てられるからである。ただし途上国では、既存のインフラの欠如がその新規構築費を上昇させるという予想も立つので、途上国と先進国におけるインフラ費用の差異の傾向を一概に言うことはできない。それでも必要生活資材の中に占めるインフラ部分が小さく、そのインフラ欠如がそのまま必要生活資材の軽量を表すのであれば、確実にその該当地域の労働力も小さく低廉になる。逆に必要生活資材の中に占めるインフラ部分が大きく、そのインフラが自ら以上に必要生活資材を減少させないのであれば、確実にその該当地域の労働力もより大きく高価になる。そしてここでの想定例も、先進国におけるインフラ費用部分の増大を、先進国における労働力の価格高騰の一要因に捉えている。ただしインフラは、地代と異なり、それ自体が労働者に対立するわけではない。インフラが労働者に対立して現れるのは、機械が労働者に対立して現れるのと同様に、支配者の被支配者への対立が、インフラや機械の所有と非所有の対立として発現しているだけである。それでもインフラが含むであろう非生産的部分もまた、先進国における労働力価格の縮退化対策の対象になる。例えば地域支配者の存在や汚職の蔓延、談合による産業インフラの維持構築費の高止まりなどは、先進国と途上国を問わず、該当地域の労働力を無意味に肥大させる。逆にそれらの既得権益の排除は、労働力価格を縮退化させ、人件費の軽量化をもたらす。

 先進国の通貨価値が高騰する場合、先進国の国内資本は通貨価値の低い途上国へと拠点を移し、先進国において産業の空洞化が進行する。上記の想定例における通貨価値の高騰理由は、個人生活における衣料・養育・老後向け蓄財・地代・インフラ維持における労働力の再生産に必要な生活資材の量的増大の5点である。先進国の施政者は、産業の空洞化において労働者の雇用環境の縮小と劣化が進むだけの場合、特に国内経済対策を講じないかもしれない。しかし産業の空洞化が国内産業そのものの縮小と荒廃を招くとすれば、何らかの国内経済対策を講じざるを得なくなる。ただしその国家的な経済対策は、衣料のような純粋な個人支出の抑制に向かうことはできない。 一般的な傾向を言えば、悪化する国家財政の建て直しを口実にして、ひとまず施政者は公教育や福祉、公的年金などを切り捨て、さらに産業育成に直結しないインフラ構築の抑制を行なう。例えば施政者は、それらを国民の自助努力に期待すると述べて、旧時代における家族像や生活共同体の姿を美化し、国家が持つ国民生活への責任放棄を目指す。基本的に施政者は、拡大したい国家的役割では大国を語り、縮小したい国家的役割では小さな政府を語るわけである。しかし養育と老後向け蓄財の二つは、子供や家族のいない人間、または老後を迎える前に死ぬ人間を除くと、個人がその用意をするのか、それとも個人からの徴収において国家がその用意をするのかの段取りが異なるだけで、私的であるか公的であるかによる結果的差異は無い。ただし個人からの徴収において国家が公教育や公的年金の用意をする方が、将来設計をしない実質的な準禁治産者への国家的対応として、最も確実かつ公平なやり方である。もちろんそれは、公金の資産家への横流しを是認するような制度的欠陥が無いのを前提にしている。また公教育を別にして、福祉や年金については、一括管理において経費削減効果や質的標準化なども期待できる。さらに生活や老後の安定は、貨幣の死蔵を妨げてマネーフローを円滑にし、経済の活況をもたらす。このような理屈を無視してまで政府が公教育や福祉、公的年金などの切り捨てを目指すなら、それは政府自らが暗々裏に教育放棄や家庭崩壊、老人殺しを是認するのと話は変わらない。つまり人件費の縮退化を意図した国家的な経済対策が、養育や老後蓄財の抑制に向かうとすれば、それは無意味かつ逆効果である。 このような衣料・養育・老後蓄財の場合と違い、地代とインフラ維持構築の2点の抑制は、人件費の縮退化のために国家的な経済対策が成立可能な生活資材の項目である。とくに地代は、その増大が直接に人件費の増大に直結する点で、人件費の軽量化を目論む限り、その抑制を避けて通れない項目である。もちろん労働力価値の量的抑制をできなければ、通貨価値の下落もあり得ず、産業の空洞化にも対処できない。(2013/11/10) (続く)


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