蛙の子は蛙、瓜の蔓に茄子は生らぬ、とか、Like father like son, Like begets like などという諺がある。
遺伝子は本当に変わらないのだろうか。遺伝子改変された作物は安全なのだろうか。ゲノム編集や遺伝子治療は許されるのか。ヒトの生命の誕生は受精の瞬間なのか着床の瞬間なのか。遺伝子が操作される世界でわれわれの信仰はどうなるのか。興味があって知りたいとは思うが、さっぱり分からないゲノム研究の世界で、いま大きな変化が起きているという。
文化の日(の振替休日)にゲノム学の講演会があるというので友人と一緒に出かけた。全くの門外漢で基礎知識ゼロを承知の上だが、テーマが面白そうだったので行ってみた。本当は関連する新書の1~2冊も読んでおけばよいのだろうが、どこから手をつけてよいのか分からないので筆記用具だけもって出かけた。
テーマは、「ポストゲノム時代のパラダイムシフト(ヒトから人間へ)」と題されていた。講演の主催は栄光同窓カトリックの会で、講演者は高垣洋太郎氏。氏は、アメリカを中心に様々な研究所、大学で研究を蓄積されこられたようだ。東大農学部出身で専門は分子生物学と言っておられた。
学生時代は駒場のザビエル学生寮にいたようで、真生会館で浜尾司教さまのもとで活動していたという。カト学連(全日本カトリック学生連盟)の最後の事務局長と言っておられたので、東大カト研では小柳義夫さんなどと同じ世代の方のようだ。上智カト研の方でも一緒に動いておられた方も多いのではないだろうか。
ということで、今日はゲノム科学と信仰の関係の話も聞けるかと思ったが、すべて専門のゲノム学の話だった。最後の質疑応答で若干信仰関連の質問も出たが、高垣氏は踏み込んだ応答はされなかった。そこでここでは、いただいたレジュメを簡単に要約・紹介してみたい。といっても門外漢のこと、トンチンカンな整理になるだろうが致し方ない。
講演は全体は4部に分かれていた。
Ⅰ 用語と歴史の流れ(DNA二重ラセン説 double helix)
Ⅱ ヒトゲノム計画による新発見 (DNA塩基配列の意味の解明の第二段階)
Ⅲ 環境とゲノムのせめぎ合い (共生細菌・エピゲミクス)
Ⅳ バイオサイエンスと倫理 (遺伝子診断・遺伝子改変作物・ゲノム編集)
講演会の演題を見ただけでは文系のわたしには何のことかはわからなかったが、実際の講演そのものは非常に面白かった。こういう研究生活も楽しいだろうな、と思わせる内容だった。ただ高垣氏は、PPを使って説明されたが画面が小さく、早口のうえにあまりマイクは使われなかったので、聞き取れないことも多かった。研究ばかりで授業にはあまり慣れておられないのかもしれない。
Ⅰ 用語と歴史の流れ(DNA二重ラセン説)
ゲノム genome が、gene(遺伝子)とchromosome(染色体)からなる合成語であり、DNAのすべての遺伝情報であることは私でも知っていたが、でも、遺伝子とか染色体とか言われても見たこともないのでイメージが湧かない(1)。
高垣氏によれば、ゲノムとは「各生物が、その生命機能に欠くことのできない機能を担う遺伝因子の1セット」のことだという。「一つのゲノムをAで表すと、二倍性生物の体細胞と生殖細胞のゲノム構成はそれぞれAAとAとなる」という。「一つのゲノムだけでその生物が生存できることは、半数体の出現によって証明できる」という(2)。要は遺伝情報なのだ。
では、遺伝子(gene)とはなにか。「親から子へと遺伝する形質を決める因子」のことで、これはメンデルの定義だという。機能の遺伝情報はDNA上の塩基配列によって決定され、コード(構造)遺伝子と非コード遺伝子があるという。
染色体(chromosome)とは「有核細胞が分裂する直前、凝縮してできるX字状の構造体で、色素で染まるDNAとタンパク質の複合体」だという。生物種によって本数が異なり、ヒトの場合は23本が2セットだという。
ということで高垣氏は「染色体の上にに遺伝子が乗っている」という表現を何度か使われたが、もう私にはわからない世界の話のようだ。
次に高垣氏は生物の分類と細胞の構造を説明された。これも生物学の入門中の入門らしく、「真核生物の細胞の構造」を図を使って説明された。動物(細胞)と植物(細胞)はどこが違うのか、ミトコンドリアの有無、ヒトの細胞質量の約70%は水で植物より少ない、とかいう話だった。生物の分類の仕方は歴史と共に変化し、現在は真核生物(細胞のなかに細胞核をもつ生物)を分類するらしい。なぜこういう分類論が重要なのかわからないが、どうも生物学の出発点らしい。
次に氏は生物学の発達の歴史を説明してくれた。大きく見て19世紀に生物学・遺伝学・生化学が始まる。比較的新しい学問のようだ。進化論の時代だ。20世紀は分子生物学とゲノム科学が生まれ、「遺伝子決定論」が支配する時代らしい。遺伝情報は基本的に不変で、すべては物理学と化学で説明できると信じられていたようだ。「DNA二重ラセン説」(1953)と「セントラル・ドグマ」(中心教義 1957)が中心だったという。2003年についに「ヒトゲノム計画の完了宣言」が出される。ゲノムDNAの全塩基配列が解読されたというわけだ。
だが時代は変わる。現在は「シークエンサー」の登場などにより、「ゲノムは動く」と主張され、ゲノムは固定的ではなく、遺伝情報は環境(人や自然)との相互作用のなかで「せめぎ合う」ことがわかってきたという。要は、人間関係や家庭内暴力や躾の仕方などがゲノムに影響を与える、という考え方らしい。
歴史の話は細かかったので、次稿に回したい。
注
1 https://www.chugai-pharm.co.jp/ptn/bio/genome/images/pic_genome_genome-p09_fig01.gif
2 二倍性とか半数体とか聞き慣れない言葉がでてくるが、生物学では基礎概念らしい。