大政・小政の気ままな日誌

キャンピングカー(小政号)の出番が減って覚書のブログになっています。ボケ防止の為に毎日継続することを目標にしています。

大河ドラマを2倍楽しむ

2013年12月11日 | 平凡な日々の日記
昨夜は1時と4時半に目が覚めた、2度目起きた時は激しく雨が降っていた。

昼から雨の予報だったが、朝から雨か・・・・

やはり朝ドラが終わっても、風雨で今日の作業は諦めた。

午前中はDIYの本を貪り読んだ、屋根葺きのやり方やドアーの作り方等、これからの課題が開けた。

昼からは流石に飽きて、以前カミさんと図書館に行った時に、借りた「黒田官兵衛」の本を読んだ。

そうです、来年の大河ドラマは「黒田官兵衛」ですから、知っているようで知らない官兵衛の知ろうと・・・・

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康、戦国三代主役の名脇役でしかない。

大河ドラマ主役が決まってから、本屋で見かけるようになったが、この人の主役作品は非常に少ない。

この人は、秀吉の九州平定後は中津、徳川家康の時代は福岡で隠居暮らし

なので晩年は地元の有名人なのに、知らない事が多かった。

播磨国(兵庫県)姫路城主の長男として生まれる。先祖は近江国(滋賀県)の武士出身で流浪の末に、祖父の代に姫路に辿り着いた。

父・職隆(もとたか)は地元の豪族・小寺(こでら)氏に仕官し家老として重用されていた。22歳にして、結婚と同時に家督を継ぎ小寺家家老の座に着く。

織田信長の将来性をいち早く見抜き、羽柴秀吉には弟同然と呼ばれるほどに信頼される。

主君・小寺政職(まさもと)が織田家を裏切った際には、説得しようとして罠に落ち、1年以上、牢に幽閉される。

出獄後は小寺家と縁を切り、秀吉の軍師となる。

本能寺の変を真っ先に知り、「中国大返し」を実現、秀吉の天下取りを演出する。

天下統一が近づく中、秀吉から「次の天下を狙う男」として警戒されていることを知るや44歳の若さで家督を息子・長政に譲り、あっさり隠居する。

その後は、剃髪し如水(じょすい)と名乗るようになる。関ヶ原の戦いの際には、領地である豊前国(大分県)中津にあって、牢人兵を率い九州を席巻

最後の大勝負に出るが、長政の活躍で関ヶ原が半日で大勢が決し、天下取りは夢に終わる。

戦の後は全ての恩賞を断り、長政に与えられた筑前国(福岡県)福岡で静かな余生を送り、59歳の生涯を閉じる。

この程度の話であれば、秀吉の本を読めば出てくる話しばかりでした。

もっと面白い見方をした本を読んでみよう。

7時半頃は風は強いが雨は止んでいたので、散歩に出かけ6km歩いた、一日グウタラしてたのに体重は減っていた。