リムスキー=コルサコフの《ロンド・スケルツァンド》は、交響曲第4番章とする意図で書かれた作品です。
この作品はピアノ・スケッチの状態で残されたものが譜面化されているもので、オーケストレーションは施されていないものの、一つの楽章としてまとまった形となっています。
Nikolai Rimsky-Korsakov : Rondo Scherzando
(Piano Sketch for the unfinished Symphony No.4)
♪リムスキー=コルサコフ : ロンド・スケルツァンド MP3ファイル (07:34)
この《ロンド・スケルツァンド》については、未完に終わった交響曲ロ短調(1866~69年)とは違って自伝には全く言及されておらず、草稿に残された作曲者のメモにより、交響曲第4番第3楽章とするものであったこと、作曲は8月15日から19日までのごく短い間になされたことくらいしかわかっていません。
作曲されたのは1884年ですから、《スペイン奇想曲》(1887年)や《シェヘラザード》(1888年)などの作品の書かれた3~4年前ということになりますね。
交響曲ロ短調との対比でいえば、同じ未完の作品とはいえ、作曲者自身の能力の向上や、彼を取り巻く音楽環境の変化などをうかがい知れるものとなっています。
交響曲ロ短調は本格的な作品を書こうとした作曲者の高い意識が空回りした感が否めませんが、《ロンド・スケルツァンド》は作曲期間の短さからもわかるとおり、非常に手慣れた筆によってすらすらと書かれたような印象を受けます。
悪く言ってしまえば、材料を手際よく処理して量産化できる能力を身に着けつつあったということなのでしょうが、職業作曲者として着実な道を歩んできたリムスキー=コルサコフの進化の過程を物語るものともいえましょう。
一方、この作品が書かれた1884年は、すでにムソルグスキーは世を去り(1881年没)、バラキレフもかつてのような楽壇での影響力を失っていた時期です。
「五人組」では最年少だったリムスキー=コルサコフが、少し前から活動し始めていた「ベリャーエフ・グループ」の長老格として存在感を発揮しだしていた頃になります。
《ロンド・スケルツァンド》はタイツィというペテルブルク郊外の避暑地で書かれたものですが、交響曲ロ短調とは違って仲間たちとやり取りをしたような形跡もなく、その場限りでひっそりと埋もれてしまったような感じです。
すでにペテルブルク音楽院教授などの要職にあった彼にしてみれば、昔と違って気安く作品の意見を訊けるような立場にはなかったのかもしれませんね。
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《ロンド・スケルツァンド》の名称のとおり、作品は大ロンド形式(A-B-A-C-A-B-A〔-Coda〕)で書かれています。
主題Aは急速な下降ー上昇音型、主題Bはやや穏やかな感じのする山型のメロディ(《雪娘》のレリ第3の歌を彷彿とさせます)、主題Cは半音階的な不安感をあおるような旋律です。
演奏時間は7分以上を要し、ピアノ・スケッチのままで聴くとやや冗長な感じもしなくはないですが、リムスキー=コルサコは同じ旋律をオーケストレーションを変えて聴かせるというスタイルが特徴ですので、完成していればまた違った印象を受けるかもしれませんね。
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