「わたしの名前は、サクラギといい
ます。東京から、彼に会うために、
アメリカに来ました。わたしは彼
の友だちです」
「そう、彼の友人なのね?あなた
の名前、もう一度言って」
「サクラギです。シオン・サクラ
ギといいます。東京から、彼に
会うために、アメリカに来ました。
わたしは彼の友だちです」
相手は一瞬、押し黙った。わたしは
次の言葉を待った。
「あなた今、どこにいる?どこから
電話をかけてる?東京から?」
「違います。今は、ラインクリフの
駅からかけています」
「あなた、ラインクリフにいるの?
今?本当に?」
驚きが伝わってきた。
「はい」
わたしは、ここにいます。
「マイガーッド、信じられない。
なんてことでしょう。あなたは
運が悪い。なぜなら彼はきょう、
日本に行きました。今朝の飛行機
でシカゴへ飛んで、シカゴで乗り
換えて、成田には、あしたの夕方
着くでしょう。あなたはいつ、
ニューヨークに来ましたか?」
背筋から1本、神経がすーっと
抜けていくのがわかった。抜けて
いったのは、魂だったのかもしれ
ない。急に、膝ががくがくしてき
た。
躰はそんな風だったけれど、心は
不思議あなくらい、落ち着いてい
た。だってわたしには、わかって
いたから。わたしはすでに知ってい
た。 彼女より聞かされるよりも
前に、あのひとはここにはいない
と。
「わかった。じゃあ、ここで待って
る。場所がわかるのね?ではすぐ
あとで、会いましょう。ひとまず
今は、さよなら」
あのひとの暮らす家は、ひっそりと
静まった住宅街の中にあった。
チェストナット・ストリート。12
12番地。
右側のドアの前に、猫を抱いた、髪
の長い女の人が立っていた。
「こんばんは」
わたしの方から先に挨拶をした。
「わたしの名前は、チェンユーといい
ます。これは中国名ね、英語ではどう
ぞジェーンと呼んでください。さ。
中に入って」
彼女はわたしと同じくらいの年、ある
いは少しだけ下のようにも見えた。
細身の長身をゆったりとしたニット
のワンピースに包んで、その上から、
ざっくりと編まれた丈の長い藤色の
カーディガンを着ていた。
玄関先で彼女の姿を間近に見た瞬間
から、わたしは「たったひとつの印
象」に釘づけになっていた。
彼女は妊娠していた。おなかの膨らみ
は、それが臨月に近いことを物語って
いた。
ます。東京から、彼に会うために、
アメリカに来ました。わたしは彼
の友だちです」
「そう、彼の友人なのね?あなた
の名前、もう一度言って」
「サクラギです。シオン・サクラ
ギといいます。東京から、彼に
会うために、アメリカに来ました。
わたしは彼の友だちです」
相手は一瞬、押し黙った。わたしは
次の言葉を待った。
「あなた今、どこにいる?どこから
電話をかけてる?東京から?」
「違います。今は、ラインクリフの
駅からかけています」
「あなた、ラインクリフにいるの?
今?本当に?」
驚きが伝わってきた。
「はい」
わたしは、ここにいます。
「マイガーッド、信じられない。
なんてことでしょう。あなたは
運が悪い。なぜなら彼はきょう、
日本に行きました。今朝の飛行機
でシカゴへ飛んで、シカゴで乗り
換えて、成田には、あしたの夕方
着くでしょう。あなたはいつ、
ニューヨークに来ましたか?」
背筋から1本、神経がすーっと
抜けていくのがわかった。抜けて
いったのは、魂だったのかもしれ
ない。急に、膝ががくがくしてき
た。
躰はそんな風だったけれど、心は
不思議あなくらい、落ち着いてい
た。だってわたしには、わかって
いたから。わたしはすでに知ってい
た。 彼女より聞かされるよりも
前に、あのひとはここにはいない
と。
「わかった。じゃあ、ここで待って
る。場所がわかるのね?ではすぐ
あとで、会いましょう。ひとまず
今は、さよなら」
あのひとの暮らす家は、ひっそりと
静まった住宅街の中にあった。
チェストナット・ストリート。12
12番地。
右側のドアの前に、猫を抱いた、髪
の長い女の人が立っていた。
「こんばんは」
わたしの方から先に挨拶をした。
「わたしの名前は、チェンユーといい
ます。これは中国名ね、英語ではどう
ぞジェーンと呼んでください。さ。
中に入って」
彼女はわたしと同じくらいの年、ある
いは少しだけ下のようにも見えた。
細身の長身をゆったりとしたニット
のワンピースに包んで、その上から、
ざっくりと編まれた丈の長い藤色の
カーディガンを着ていた。
玄関先で彼女の姿を間近に見た瞬間
から、わたしは「たったひとつの印
象」に釘づけになっていた。
彼女は妊娠していた。おなかの膨らみ
は、それが臨月に近いことを物語って
いた。