将棋の木村義雄十四世名人の父
君は、貧しい下駄職人であった
が、江戸っ子気質(かたぎ)だ
けは十二分にもっていた。
「テメエの得になることはいう
ない」と口癖のようにいい、息
子たちにも吹き込んだそうであ
る。
だから木村は、将棋界の制度が、
最強者であった自分に不利
もしくは不公平に改変されるよ
うなとき、父親のこの言葉を思
いだして異論をとなえず、つね
にだまって従った。
それはばかりか、敗戦後、将棋
発展のために、自分にとって不
利な順位戦という制度を、みず
から提案して実施させた。はたし
て木村は、王者の地位から一度は
堕ちたのであるが、これに屈せず、
自分がつくった制度に努力して
慣れることによって、二年後に
また名人位にカムンバックした
のである。
木村が父親のこの教えを深く恩
としていることは、その著書を
読むとよくわかる。「これが正
しい生き方だ」と彼自信も、体
験によって悟ったのである。
せちがらい世で、人はとにかく
“損得”にこだわり、「得になる
方法」だけを探そうとする。
テイクの欲に根をおいた人間の
知恵や計算能力は、まことに浅く、
アヤフヤなもので、思ったとおり
に“得”になることは、なかなか
ないようである。
それよりはむしろ、尊徳翁のいう
“風呂の湯”の教えのほうに、
“天の計算”ともいうべき、より
深い真実があるように思われる。
「ゆずる」ことに、かえって真
正の得への王道があるのかもし
れないのだ。
君は、貧しい下駄職人であった
が、江戸っ子気質(かたぎ)だ
けは十二分にもっていた。
「テメエの得になることはいう
ない」と口癖のようにいい、息
子たちにも吹き込んだそうであ
る。
だから木村は、将棋界の制度が、
最強者であった自分に不利
もしくは不公平に改変されるよ
うなとき、父親のこの言葉を思
いだして異論をとなえず、つね
にだまって従った。
それはばかりか、敗戦後、将棋
発展のために、自分にとって不
利な順位戦という制度を、みず
から提案して実施させた。はたし
て木村は、王者の地位から一度は
堕ちたのであるが、これに屈せず、
自分がつくった制度に努力して
慣れることによって、二年後に
また名人位にカムンバックした
のである。
木村が父親のこの教えを深く恩
としていることは、その著書を
読むとよくわかる。「これが正
しい生き方だ」と彼自信も、体
験によって悟ったのである。
せちがらい世で、人はとにかく
“損得”にこだわり、「得になる
方法」だけを探そうとする。
テイクの欲に根をおいた人間の
知恵や計算能力は、まことに浅く、
アヤフヤなもので、思ったとおり
に“得”になることは、なかなか
ないようである。
それよりはむしろ、尊徳翁のいう
“風呂の湯”の教えのほうに、
“天の計算”ともいうべき、より
深い真実があるように思われる。
「ゆずる」ことに、かえって真
正の得への王道があるのかもし
れないのだ。