「停電の夜に」
ジュンパ・ラヒリ 著
小川高義 訳
9つの短編集。
インドの人々とアメリカ。
物語は静かなかなしさと
ほんのひとときの気付き。
その国のアイデンティティと個の存在と、
男女の季節と、縛られた自由。
訳された言葉は独特の言葉、文章になり、
それはニュアンスのまた違う日本語となる。
あらためておもう。
ガラクタの中からつくられた
つぎはぎだらけのデクノボー
コンプレックスの塊の
アイアイ傘を一人でまわす
穴だらけの傘と
穴だらけの体と
けっかんが浮きでた脳内
左右される感情の浮き沈みに
呼吸をするのもやっとのほど
顔はみるみる木目調
腕はどんどんペットボトル
足はひょろりとかかしどまり
胸は皿で腹はなべ
お尻はコーヒーカップで腰は電話機
おかまいなしの筆さばきに
妙な感覚が目を覚ます
何か足りない足りないと
あわててさがすがわからない
指をくわえて見比べる
うめられない壁は仮面の告白
あれは初恋
欠陥は僕のここ
爪を噛んでうらやましがる
飛びたい 飛びたい
紙飛行機にのってみる
嘘で固めた翼をつける
空をおちていくたび
ぽろぽろと止め具がとれる
欠陥品の人形
花の息吹でとられていく
肌のひだにふれられて
亜鉛の空気のひらひとに
背中がうずくあいあいがさ
爪は減るマニキュアの
性が土へうもれていく
存在が亀裂していく
鏡がひび割れたなかで覗いた世界
いくつものまぜこぜの形は
自分のココロとおんなじ
何かを探していたような気もする
何かを持っていたような気も
そして何かを失い灰がちらつく
僕とアナタはまだ手を
つなげているのだろうか
微かな希望のような
淡い昨日の景色は咲かせ続けている
場面場面は途切れ途切れに
不思議な感覚を運んでくる
信じられるものを
心の中のあなたはそっと教えてくれる
願い
いつか近く遠くにいるあなたに
この甘い言葉と切ない言葉と
アナタのつながりを幸運のクローバーで
うめつくしたい
この胸に住むアナタは
おしえてくれている
グルグル巻きにされた顔の包帯
息をするための隙間は乏しい
包帯に許された僅かの
網目をすり抜けて
吸うと吐くを繰り返す
熱くなる呼音は鈍くなり
身体中が酸素を必要だと
放心状態になってゆく
崩れる脳内麻薬は何かをだそうとする
唇は渇き声をだすことを躊躇う
反発が刺激となり胸のしんがブルッと震える
その反応が呼応して
手の自由がきかなくなる
止まらなくなる指の動きは
咽喉をどんどん揺さ振っていく
はちきれんばかりの斬撃が
耐え切れなくでたものは
化け物の叫び
どこぞのものとも似つかない
闇夜の底から湧き出たもの
この叫びはいかようのものか
イコールヘルプ
救いを求めるための記号
しかし誰にも気付かれない
何故なら化け物を巣くってしまったから
この声は誰のもの
綺麗な声ではなけない
側に来て
一人きりになったならきっと
叫び続けた咽喉は壊れ
かすれたまま
それでも止まらない
咽喉は破れ
包帯は全身を縛る
叫びはそこで切れ
身体と魂の崩壊が爪先から
皮膚はひび割れる
叫びは届かなかった
叫びは意味をなさなかった
包帯は地面に残る
優しさに包まれた声が
胸の奥深くまで沁み込み
あたたかな雪が音もなく降る
降れると静かに積もる
氷った体温
そしてとける氷った涙
次々と零れるつぶは
思い出にふれる
おもいがけない想いの数々は
懐かしくそして狂おしく
せりあがる
寂寥は弾けとぶ
あなたに会えてよかった
奇跡や運命という
彩られた孤島は影を捨て
僕は久しぶりの空気を吸う
森の中のあの空気を
通り過ぎた
心
今も残る
僕の中の心