名を呼べば、そこに存在が立ち上がって
生きはじめる、といいますね
だから名が失われれば、もう呼びようがなくて
存在は失われてしまいます
永いあいだ 独語して呼びさましていた名前が
失われてしまった以上は
もう二度とその名を呼ぶことはできません
だから存在を立ち上げることももうできません
だから あのひとは
もう いないのです
*************************
あの うつくしい名前を呼ぶことが
もう叶わないと知ってからというもの
名を呼べば そこに立ちあらわれていたはずの
穏やかであたたかな沃野を望むべくもなく
あれからひとつき、ほど経っても
もう永久に失われてしまっているというのに
その名が不意に 何度も口をついて出ようとする
そのたびに どうにも
そのおさえがたさに身を裂かれます
思念よりも先に口もとが動いて 喉もとがふるえると
けれど もうそれは許されないのだと祈って
ありたけの意志でもって
名を呼ぶ発作を ねじ伏せるように飲みこむのです
そうすると 心臓のあたりが まるで
熱泥が奔流しているかのように狂おしく逆巻いて
胸壁には鉄錆が湧いてきたかのように
鼓動がきしみはじめます
焔に焼かれるように時間が過ぎて
夜半ばを過ぎて 意識もとうとう燃え尽きるころ
決まって その名の夢をみます
灰暗の雲間から 黄土色にうっすら光が染みだす朝に
その名の声と姿の影ばかりを
瞼のうらに何度も 何度も繰り返して
ありたけの力で名前を呼ぼうとして
振り絞る声はもう絶叫であるはずなのに
ただ一切の音節すらにならず
無音のまま
名を声に出来ないまま
ただ 血ばかりを吐いている夢ばかりをみます
去っていく名前を追うこともできずに
机の上に積もった反古紙が
湿気た塵の匂いとともに風に飛ばされて
眠っているこめかみのあたりを
薄っぺらに走って
血、血血血
と、雀鳴く
そうすると 決まって影はほろびて
目が覚めるのでした
****************************
起きているときに
その名を思い返したり 考えていたところが
果実となったのは 煩悶と圧搾のはたらきばかりでした
あるとき
あたまのいちばん奥に
黒点と思しきものがうまれて
血と熱と全身の力と
光の一切を一気に奪って滅ぼすような感じ
眼に映るものも縮み 歪み 痙攣して
ぐるぐると 奈落の底に墜落しそうになりました
あやうく 危ない、と
それを気の迷いだと 振り払うようにもう一度試みたら
やはり 足もとからくず折れそうになりました
失神が こころにうけたことがらを
持てあましたときにほんとうに起こることを知りました
それは一度や二度のことではありません
どうして誰も伝えてくれなかったかと
告げてくれなかったかと
はっきりと問いました
あれからというもの
数多くの名のある眼がこちらを見に来て
そのまま去って
戻ってこないままで
ひとつとして問いは返ってこないままになっています
こちらから切り離そうとする前に
すでに追放されていたのでした
そのことに思い至っても意外なほど平穏なのは
ことがらを受け入れたからでは決してなく
あまりのことに狂って麻痺したか
もしくはそれを拒んでいるから
おそらくそのどちらかでありましょうや
なんの前触れもなくて
誓ったのに
10日ほど前に起きた新たな途絶のわけについては
おそらくは こちらのことばではなく
むこうのことばを信じることにしたからだろうと
なかったことになったのだと思います
どうにもいやしがたくひどいことになりました
よのなかはうごいているのですから
万事がうまくいっているのなら
それでいいのかもしれませんね
***************************
こうして独語しているあいだにも
追放と途絶の向こうがわでは
万事順風のもとに祝福と恩寵の光が
さんさんと降り注いでいることでしょう
***************************
こちらでは株価が暴落して
300万円ほど資産が目減りしたり
妥協を知らぬせいで
しごとの場所において眼をそむけられることや
鼻をつままれることが多くなり
家庭が老化したせいか
祟られたような擦り傷を毎日負うようになりましたが
アルチュセールのことばに従って
しごとによってもういちどなんとか歩こうと
しているところ
休日には
いまのところ死ぬまで何の予定も入っていないから
聴くもののない音を業のように出し
ドストエフスキーやゲーテや芥川や太宰や
シェイクスピアを再読して
日を送ります
しかし 不意に口を衝いて出そうになる名前のこと
その名前が失われてしまったこと
もたらされた新たな途絶や
数多くの名のある眼のありようを
片時とても思わないことはありません
いっそ一語も話さず
深い闇のなかに人知れず歩いていってしまいたい
悲惨な感情を、それだけをいとおしむように生きてゆく
という、詩人の言葉をわが身へと引き戻して
投影してみたらば
漆黒の沼の上に影は映らず
どうやらこれは唾棄すべき自己愛だと結論を付けたとしても
それとどうやらおなじものを持っている
わが身について
早く葬り去りたくてしかたがなくても
出来ない
治る病も不治の病にしてしまうのは
こころのありかたです
だれもいなくなったのなら
だれかさがしにいけばよいのでしょう
けれど10年経って
また同じ位置に立ち戻って
途絶と追放の中にいるようなことだけはいやですから
だれをさがしにいけばよいのでしょう
とはいえども
立ち上がればまだめまいがします
待っていてほしいといっても
待っていてはくれないのですから
よろめきながらでもなんとか立たなければ
そうだとしても
こちらをおもんばかってのことでもなく
どうせ知っているだろうから、ということでもなく
どう伝えていいかが分からなかった、ということでもなく
伝える必要を感じなかった、ということなら
はじめからその名前は
生きる支えでも 動機でもなく
生きる理由でもなかったのを
こちらが取り違えていただけのことになります
名前を愛した報いなのでしょうかしらね
****************************
名によって呼び起こされる存在ではなく
呼ばれる名の響きそのものを愛していたのなら
名の先に立ち上がる存在から
追放されるのもむべなるかな
気を失って倒れていても
空を見上げる向こうのひとからは見えないように
向こうがわに広がる豊饒の地も
地と谷に眼を落すものには見えない
谷底にじぶんじしんの腐乱死体でも見つけたら
透明な湖水に沈むような幻想など見るのをやめて
ようやっと 前を向くようになるのかもしれませんね
願わくば
もう一度
キース・ジャレットではなくて
エグベルト・ジスモンチでもなくて
カウント・ベイシーを弾きたかったのです
なんだか
遺書じみてやいませんか
だいじょうぶですか
そんなつもりはないはずなのですが
問うても無駄に終わるだろうし
どうにもいやなのでそろそろ筆を置くことにします
かりにそうだとしても
何を書き連ねたところで
いっさいは こちらからは見えぬところで
順風満帆に 順調に進んでいるのでしょうね
おそらくは平安に満ちて 幸福で
華やいで 希望にあふれていて
今生またとない輝きで
きっと ほんとうに美しくて
生きはじめる、といいますね
だから名が失われれば、もう呼びようがなくて
存在は失われてしまいます
永いあいだ 独語して呼びさましていた名前が
失われてしまった以上は
もう二度とその名を呼ぶことはできません
だから存在を立ち上げることももうできません
だから あのひとは
もう いないのです
*************************
あの うつくしい名前を呼ぶことが
もう叶わないと知ってからというもの
名を呼べば そこに立ちあらわれていたはずの
穏やかであたたかな沃野を望むべくもなく
あれからひとつき、ほど経っても
もう永久に失われてしまっているというのに
その名が不意に 何度も口をついて出ようとする
そのたびに どうにも
そのおさえがたさに身を裂かれます
思念よりも先に口もとが動いて 喉もとがふるえると
けれど もうそれは許されないのだと祈って
ありたけの意志でもって
名を呼ぶ発作を ねじ伏せるように飲みこむのです
そうすると 心臓のあたりが まるで
熱泥が奔流しているかのように狂おしく逆巻いて
胸壁には鉄錆が湧いてきたかのように
鼓動がきしみはじめます
焔に焼かれるように時間が過ぎて
夜半ばを過ぎて 意識もとうとう燃え尽きるころ
決まって その名の夢をみます
灰暗の雲間から 黄土色にうっすら光が染みだす朝に
その名の声と姿の影ばかりを
瞼のうらに何度も 何度も繰り返して
ありたけの力で名前を呼ぼうとして
振り絞る声はもう絶叫であるはずなのに
ただ一切の音節すらにならず
無音のまま
名を声に出来ないまま
ただ 血ばかりを吐いている夢ばかりをみます
去っていく名前を追うこともできずに
机の上に積もった反古紙が
湿気た塵の匂いとともに風に飛ばされて
眠っているこめかみのあたりを
薄っぺらに走って
血、血血血
と、雀鳴く
そうすると 決まって影はほろびて
目が覚めるのでした
****************************
起きているときに
その名を思い返したり 考えていたところが
果実となったのは 煩悶と圧搾のはたらきばかりでした
あるとき
あたまのいちばん奥に
黒点と思しきものがうまれて
血と熱と全身の力と
光の一切を一気に奪って滅ぼすような感じ
眼に映るものも縮み 歪み 痙攣して
ぐるぐると 奈落の底に墜落しそうになりました
あやうく 危ない、と
それを気の迷いだと 振り払うようにもう一度試みたら
やはり 足もとからくず折れそうになりました
失神が こころにうけたことがらを
持てあましたときにほんとうに起こることを知りました
それは一度や二度のことではありません
どうして誰も伝えてくれなかったかと
告げてくれなかったかと
はっきりと問いました
あれからというもの
数多くの名のある眼がこちらを見に来て
そのまま去って
戻ってこないままで
ひとつとして問いは返ってこないままになっています
こちらから切り離そうとする前に
すでに追放されていたのでした
そのことに思い至っても意外なほど平穏なのは
ことがらを受け入れたからでは決してなく
あまりのことに狂って麻痺したか
もしくはそれを拒んでいるから
おそらくそのどちらかでありましょうや
なんの前触れもなくて
誓ったのに
10日ほど前に起きた新たな途絶のわけについては
おそらくは こちらのことばではなく
むこうのことばを信じることにしたからだろうと
なかったことになったのだと思います
どうにもいやしがたくひどいことになりました
よのなかはうごいているのですから
万事がうまくいっているのなら
それでいいのかもしれませんね
***************************
こうして独語しているあいだにも
追放と途絶の向こうがわでは
万事順風のもとに祝福と恩寵の光が
さんさんと降り注いでいることでしょう
***************************
こちらでは株価が暴落して
300万円ほど資産が目減りしたり
妥協を知らぬせいで
しごとの場所において眼をそむけられることや
鼻をつままれることが多くなり
家庭が老化したせいか
祟られたような擦り傷を毎日負うようになりましたが
アルチュセールのことばに従って
しごとによってもういちどなんとか歩こうと
しているところ
休日には
いまのところ死ぬまで何の予定も入っていないから
聴くもののない音を業のように出し
ドストエフスキーやゲーテや芥川や太宰や
シェイクスピアを再読して
日を送ります
しかし 不意に口を衝いて出そうになる名前のこと
その名前が失われてしまったこと
もたらされた新たな途絶や
数多くの名のある眼のありようを
片時とても思わないことはありません
いっそ一語も話さず
深い闇のなかに人知れず歩いていってしまいたい
悲惨な感情を、それだけをいとおしむように生きてゆく
という、詩人の言葉をわが身へと引き戻して
投影してみたらば
漆黒の沼の上に影は映らず
どうやらこれは唾棄すべき自己愛だと結論を付けたとしても
それとどうやらおなじものを持っている
わが身について
早く葬り去りたくてしかたがなくても
出来ない
治る病も不治の病にしてしまうのは
こころのありかたです
だれもいなくなったのなら
だれかさがしにいけばよいのでしょう
けれど10年経って
また同じ位置に立ち戻って
途絶と追放の中にいるようなことだけはいやですから
だれをさがしにいけばよいのでしょう
とはいえども
立ち上がればまだめまいがします
待っていてほしいといっても
待っていてはくれないのですから
よろめきながらでもなんとか立たなければ
そうだとしても
こちらをおもんばかってのことでもなく
どうせ知っているだろうから、ということでもなく
どう伝えていいかが分からなかった、ということでもなく
伝える必要を感じなかった、ということなら
はじめからその名前は
生きる支えでも 動機でもなく
生きる理由でもなかったのを
こちらが取り違えていただけのことになります
名前を愛した報いなのでしょうかしらね
****************************
名によって呼び起こされる存在ではなく
呼ばれる名の響きそのものを愛していたのなら
名の先に立ち上がる存在から
追放されるのもむべなるかな
気を失って倒れていても
空を見上げる向こうのひとからは見えないように
向こうがわに広がる豊饒の地も
地と谷に眼を落すものには見えない
谷底にじぶんじしんの腐乱死体でも見つけたら
透明な湖水に沈むような幻想など見るのをやめて
ようやっと 前を向くようになるのかもしれませんね
願わくば
もう一度
キース・ジャレットではなくて
エグベルト・ジスモンチでもなくて
カウント・ベイシーを弾きたかったのです
なんだか
遺書じみてやいませんか
だいじょうぶですか
そんなつもりはないはずなのですが
問うても無駄に終わるだろうし
どうにもいやなのでそろそろ筆を置くことにします
かりにそうだとしても
何を書き連ねたところで
いっさいは こちらからは見えぬところで
順風満帆に 順調に進んでいるのでしょうね
おそらくは平安に満ちて 幸福で
華やいで 希望にあふれていて
今生またとない輝きで
きっと ほんとうに美しくて
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