白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

リロードの義務

2010-01-12 | 日常、思うこと
職場に新しい上司が着任した。
話を聞くと、彼は岡山の生まれで、僕と同じ大学の
同じ学部、同じ学科で美学を専攻していたらしい。
何でも、山崎正和のゼミにいたそうである。
しかも何たることか、どうやら軽音学部に所属して
いたというのだから、
まるで僕の学生時代のキャリアと同じような人だ。
それゆえか、何だか自分の鏡像を見ているようで、
正直、どうもやりにくい。





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七つの大罪。
ダンテの「神曲」をめくっていて、思い返した。
傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。
時折、自分の首が不意にピアノ線にでも刎ねられたか、
ごろごろと、大通りへと転がって、
貨物トラックに轢き潰される狂想に囚われる、
いっそそうなってしまえばいいのにと思うこともある、
と、書いたのは、昨年の5月のこと。





ああ、これは、地獄を自分の首を提灯替わりにして、
あちらこちらと徘徊する自分の暗示かしらん、はは、と
引きつって笑うその影に怯えるのは、罪に責められる事に
過剰に意識が反応しているゆえのことか。
これを流行りの言葉では、中二病というらしい。
もっとも、過剰な自己愛の倒錯した発露態としての
マゾヒズム的な罪悪の意識と、それに伴うであろう
両性的な陶酔感が、自己に劇場的に深入りしている状態を
中二病と呼ぶとすれば、
僕のそれはもっと人生を舐めていると思うのだが、如何。





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昨日は、I氏主宰のビッグバンドの公演に顔を出した。
知人には出くわさず、赤坂のライブハウスの片隅で
無愛想な店員の供するアルコールもほどほどに、
彼の「音」を聴いていた。





正直にいえば、うらやましかった。
これは音楽を試みる者にとって、絶対に持ってはいけない
感情である。
彼の努力を知っているがゆえに、彼の活躍を素直に喜び
うれしく思う思いはこれまでも持ってきた。
しかし昨日は、少し違う感情があって、当惑した。
華やかな場の状況を、我が身に引き戻してしまったのが、
その理由だと思う。





ステージに出れば、指が不随意にこわばってしまって
動かなくなり、楽器のコントロールを失ってしまう、
そんな状態にあり、演奏活動もままならない自分と
彼との落差を観たことも理由の一つではあるだろう。
ただ、以前ならば、それは悔しさに直結して、
奮起のための踏み台になっていた。





うらやましいという感情は、我が身と対象とを比べて
明らかに自分の位置が低位にあると認めたときに、
事実に対して働こうとする自らの意志が
すでに壊れてしまっているがゆえに起こるものだ。
羨望に留まっているうちはいいが、それはおのずと
嫉妬という罪に転化する危険をはらんでいる。





もうひとつ重要なことは、昨日、音を聴いていた僕が
うらやましさという感情を抱いていたとするならば、
それはおそらく、その感情を抱いていた時間と同じだけ
音楽を諦めていたのだろう、という事実である。
屈辱を屈辱とも感じない、奴隷のような立ち位置にまで
なり下がってしまったか、という悔しさが、
その場その時に起こらずに、しばらくの時差を伴ったと
いうのが、事実の証左になる。





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今日は池袋で、8時間ほどスタジオにこもった。
次週末に大阪で、カウント・ベイシーの曲と、
サド・ジョーンズの曲を演奏することになっているので
その練習も兼ねてのこと、
聴き手は自分自身のほかに誰もいない。





カウント・ベイシーのピアノスタイルをどうやって弾けば
いいのかを、忘れてしまっていた。
バッハも、ショパンも、ベートーヴェンもモーツァルトも
どうやって弾けばいいのかわからない。
即興を試みても、ひとつの和音を抑えたまま、
次の手が動かない。
とうとう自分がピアノが弾けるのかどうかも疑わしくなり
4時間ほど経ったところでいったん休んだ。





自分の身体や、脳裏に浮かんだ旋律をピアノに矯正して
ずいぶん窮屈な状況になっていることに思い至って、
そいつを取り外そうとしてまた4時間の悪戦苦闘の末に
とうとうピアノの弾き方を思い出せないまま、
池袋の街は、すっかり七つの大罪に取り巻かれて、
すっかり夜を迎えていた。





Jouer、として、音を試みるように、上書き更新を
掛けなければならない。
よほど異形の形相をしていたのか、
池袋の客引きはそういえば、誰も声を掛けてこなかった。





来週も同じ時間だけスタジオにこもる。
もはやそれは怨念に近い。
それとて、自分が衰微した証左でしかないと思うから、
再起動しなければ、あるいは、出来なければ。






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2 コメント

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Unknown (イガ)
2010-01-13 09:45:31
先日はご来場ありがとうございました♪

あんまり話せなかったんだけど、来週大阪でさんざん飲みまくると思うからその時に!土井君と演奏できる(あ、できないのか)を楽しみにしていま~す!
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Unknown (lanonymat)
2010-01-15 10:49:47
わざわざ電話まで頂いてありがとうございました。
残念ながら一緒に演奏は出来ないみたいですけどね。
予定が狂って、金曜夜と日曜丸ごと空いてしまっているので
もしお時間があれば拾ってやって下さいまし。
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