安倍首相は年初より、7月参院選挙(あるいは衆参同日選挙)の争点として、憲法改定を前面に押し出してきた。すでに衆院では改憲派の議席数が3分の2を超えている現在、今回の国政選挙における改憲派議席が両院ともに3分の2を超える否かは、日本国憲法に基づく戦後政治を根本的に転換させるか否かの分岐点となる。この意味で、憲法公布70周年の今年、平和と民主主義にとって戦後最大の政治的危機の時を迎えている、といえる。
首相は年初より改憲着手を強調し、その理由として、憲法制定時は占領下で日本政府はGHQには逆らえなかった、極めて短期間で作られた等、持論の「押しつけ憲法論」を繰り返した(衆院予算委員会)。しかも、第9条2項に関しては、憲法学者の7割が自衛隊違憲論だから、これでは「立憲主義」に反するので、憲法を現実に即して変えよう、と「立憲主義」を逆手にとって、本末転倒の論理を臆面もなく述べた。
安倍首相はこれまでは、反対論の強い第9条2項改定を一旦後方に退け、その迂回路として、国会の改憲発議定数(第96条)の緩和や非常事態条項の設置などを提案していたが、今回はずばり本命の第9条2項の改憲を掲げて正面突破の勢いを示したのである。ただし、参院選を控えて自公の党サイドからは、この正面突破論に危惧を表明する意見も強く、安倍首相は自民党大会(3月13日)では、憲法問題には言及しないというマヌーバーを決め込んだ。だが、これはあくまで選挙対策にすぎず、もし、参院選で与党が3分の2以上をとれば、直ちに改憲に取り掛かることは、明々白々たる事実である。
しかも、「押しつけ憲法論」は今や、自民党の専売特許ではなくなった。これまで護憲派と見られていた論者のなかからも、「護憲的改憲論」や「左折の改憲論」と称して、第9条2項改定を正面に掲げて、その根本的な論拠として、この「押しつけ憲法論」を持ち出すことが顕著となってきた。
憲法はなるほど、占領下で短期間のうちに作成されたGHQ原案を基礎にして制定されたものであるだけに、複雑な憲法制定過程を詳しく知らされていない人々にとっては、「押しつけ論」は単純で分かり易く、これに共感する人々も少なくはない。したがって、今後の憲法闘争の理論的根底として、「押しつけ憲法論」を事実に即して打ち砕いておくことが喫緊の課題となっている。
加えて、この憲法制定過程の解明には、アジア太平洋戦争と戦後日本政治をいかに把握すべきか、という根本問題が含まれているのでもある。だからこそ、改憲派も「左折改憲派」も、総じて「歴史修正主義者」たちは、改憲論の根本的理念として、「押しつけ憲法論」を前面に押し出してきているのである。(岩本 勲)
(つづく)