空飛ぶ自由人・2

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短編集『闇の穴』

2023年04月02日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

昭和52年に刊行された、藤沢周平の初期短編集。
藤沢周平の小説としては、異色と言える内容だ。

木綿触れ

結城友助の妻・はなえの死と、その復讐の話。
赤子を亡くし、それ以来はなえはふさぎ込んでしまう。
気が晴れるのならばと、
はなえに絹を買い与え、
実家の法事に着ていくように勧める。
しかし、折り悪く、藩は倹約令を出し、
絹の着物は、着ていけなくなる。
法事の数日後、はなえは入水自殺をする。
その真相を調べると、代官手代の中台八十郎のことが現れ・・・

小川の辺

戌井朔之助は、
脱藩した佐久間森衛の討手を命じられる。
佐久間は藩主の農政を批判し、脱藩したのだ。
佐久間は妻・田鶴を同行しており、
田鶴は朔之助の実の妹だった。
朔之助は一度は断るが、
佐久間を討てる剣の腕を持つ者は朔之助をおいて他かにはいなかった。
田鶴は気が強く、佐久間を討とうとする時に
兄の朔之助に刃向かう可能性がある。
父・忠左衛門はもし手向かってきたら斬れと、きっぱり言った。
新蔵が同行を志願した。
新蔵は戌井家の奉公人だが、
戌井家の屋敷で生まれ、
子供の頃は朔之助、田鶴と兄弟同様に育った。
江戸で佐久間を見つけた朔之助は
田鶴の留守を狙って佐久間を討った。
そこへ田鶴が帰って来て・・・

この2篇は、いかにも藤沢らしい、
武家ものと言えよう。
「異色」と言うのは、この後の5篇。

闇の穴

市井もの。
裏店のおなみの前に、別れた亭主・峰吉が突然現れる。
何年も前に失踪し、
その結果、おなみは大工の喜七に嫁いだ。
峰吉は、それからも度々おなみを訪ねて来るが、
特段の用事を言わない。
おなみが問い詰めると、
峰吉は初めて用事らしい用事を告げた。
紙の包みのようなものをあるところに届けて欲しいというのだ。
おなみがそれを届ける先は、かんざしなどの直し職人の家。
しかし、ある時、事情で届けるのが一日遅れると、
その家には人が住んでいなかった。
包みを開けてみると、中身は何もない。
その直後、峰吉が謎の死を遂げる。
おなみが届けものをしなかったのが原因らしい。
そして・・・
という、謎めいた終わり方。
不思議なミステリー。

閉ざされた口

これも市井もの。
長屋の裏の雑木林で金貸しの島右衛門が殺された。
これを側で遊んでいたおようが目撃した。
それ以来、おようは口をきかなくなってしまった。
岡っ引の伊平次はおようが犯人を目撃し、
そのために、おようは口がきけなくなったのだと推測している。
母親のおすまは、おようの行く末を心配している。
そのおすまを妾にしようという人が現れる。
その男に会うと、初めておようが言葉を発した・・・

この2篇は、まだ藤沢らしくあり、
異色とまでは言えないかもしれない。
しかし、次の1篇は、異色と言えよう。

狂気

男が橋の上らか母親と幼い女の子の諍いを見ている。
子どもを置き去りにして母親が去ると、
男は心配して、女の子の世話をする。
しかし、このことが男に久しく忘れていた
ある感覚を呼び覚ましてしまう・・・

何が異色かというと、
題材が小児性愛という、
藤沢らしからぬものを扱っているからだ。
後半は捕物帳となるが、
後味はすこぶる悪い。

荒れ野

これも異色。
明舜という若い僧が
京の寺から旅をして迷い、
一軒の家に泊めてもらう。
家には女が一人で住んでおり、
亭主は山に狩りに出かけて雪の降る頃まで戻らないという。
明舜はずるずると女のところに居すわる。
女の色に負けてしまったのだ。
しかし、ある日明舜は女の素性に疑いを抱くような光景を目にする。
その光景とは・・・。
人肉食いの鬼女という、題材的にホラー

夜が軋む

飯盛り女が客に語る身の上話の体裁で、
亭主の仙十郎と山深い土地で過ごしていた時のことを語る。
仙十郎はこけしが評判の職人だったが、生活は豊かではない。
あるとき食料がなくなり、近くの鷹蔵のところに穀物を借りに行った。
鷹蔵は女に気があるらしいそぶりを見せる。
ある冬の雪が積もっている日、仙十郎が留守でいない晩、
家が軋み、人が家の周囲にいるような気配がある。
女は鷹蔵が来たのだと思った。
しかし、ついに家には入って来ず、
翌朝、女は家の前で、
雪に埋もれた鷹蔵の死体を発見する。
そして、再び家がきしむ夜が来て・・・

女の淫蕩な血が不気味な現象を呼び起こすという
これもホラー

題名にもあるように、
全体的に人間の闇を描いたような内容。
藤沢周平の初期、どんな迷いがあったのか・・・

「小川の辺」は、2011年、
東山紀之主演で映画化された。


共演は、片岡愛之助、菊地凛子ら。