[書籍紹介]
藤沢周平による連作短編時代小説。
1975年から1980年にかけて
『小説推理』(双葉社)に断続的に連載され、
1980年に「出合茶屋 神谷玄次郎捕物控」と題されて、
双葉社より単行本化、
1985年に「霧の果て 神谷玄次郎捕物控」と改題して
文春文庫より文庫化されたもの。
藤沢周平には珍しい捕物帳。
藤沢の捕物帳には、他に、彫師伊之助捕物覚えシリーズがある。
主人公は北の定町廻り同心・神谷玄次郎、28歳。
同心としては、勤務ぶりがよろしくなく、
仕事を怠けて、馴染みの小料理屋に入り浸る自堕落ぶりで、
同僚にも上司にも評判は芳しくない。
なにしろ、小料理屋の女将・お津世とは、わりない仲なのだ。
同心としては、はぐれ者なのに、
クビにならないのは、
事件が起こった時、鋭い勘と抜群の推理力を発揮して
解決するからだ。
8つの話で構成。
若い女性ばかり狙う変質者の連続殺人、
商家の子どもの誘拐事件、
嫁入り間近の娘の簪紛失と殺人、
浮浪者の物乞いの殺人、
長屋の老婆が殺され、金が盗まれた事件、
米屋の次男殺し、
誰かに見張られているから警護してほしいと望む商家の妻の話、
などが織りなす中、
縦糸として、玄次郎の家族の話がからむ。
というのは、父親も同心だったが、
ある事件を捜査している時、
妻と娘、つまり、玄次郎の母親と妹が斬殺される。
それは、父親の捜査に対する威嚇だった。
妻娘を失った父親は生きる気力をなくし、
1年ほど後に亡くなった。
事件の捜査は、
上からの圧力で沙汰止みとなった。
この14年前の事件が
玄次郎の中に痛みとして残っており、
それが、古い記録が発見されたことで動き出す。
最後の2話は、その事件の真相が明らかになる。
深川あたりを舞台にした、
江戸情緒たっぷりの人情。
まるで、町の隅々まで知り尽くしたかのような情景描写。
確実に江戸時代に引き戻してくれる。
玄次郎の情人のお津世、岡っ引きの銀蔵など、
脇の人物も魅力的。
事件の中で、
乞食を殺した商人の、殺しに至る本当の気持ちの吐露が驚かされる。
また、老婆殺しの関連での大人の心を持つ子どもの不気味さや
米屋の次男殺しの下手人の心情など、
藤沢周平にしては、暗い情念が描かれるのも、ミソ。
江戸版ハードボイルドといった趣の好篇。
藤沢周平が海外の推理小説を好んでいたことはよく知られている。
これまでに3度テレビドラマ化されている。
1度目は1980年に東京12チャンネルで尾上菊五郎主演で、
2度目は1990年にフジテレビ系で古谷一行主演で、
3度目は2014年NHK・BSプレミアムで高橋光臣主演で放送された。
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