[映画紹介]
ギネスブックによると、
歴史上の人物の中で
最も多く映画に登場したのは、ナポレオンで、
177回だという。
それだけ題材として、
魅力的な人物だということだろう。
そのナポレオン・ボナパルトをホアキン・フェニックスが演じ、
リドリー・スコットが監督するとなれば、
観に行かざるをえない。
なにしろ、アカデミー賞作品賞受賞の「グラディエーター」(2000)以来
23年ぶりのダッグである。
トゥーロンの戦いから始まって、
戦功により上り詰めて皇帝にまでなり、
一度追放されるが、
エルバ島を脱出して皇帝に復帰、
「100日天下」(正しくは95日)を経て、
ワーテルローの戦いに敗れ、
セントヘレナ島に流されて命を終えるまでを描く。
ナポレオンの生涯など、
知ってるようで知らないので、
Wikipediaで予習したが、
あまり頭に入って来ない。
それでも、映画の進行と共に定着するのは、
映像の持つ力だ。
予習の効果があったのがいくつか。
戴冠式の際、
教皇から王冠を戴くのが通例だったのを、
自ら王冠をかぶった行動には、
帝冠は血筋によってではなく
努力によって戴冠される時代が来たことを示し、
教会を政治の支配下に置くという事との
二つの思惑が絡んでいたとされることは事前知識が生きた。
妻への皇后戴冠は、ナポレオン自身が行ったのは、
ルーヴル美術館の有名な絵画↓のとおり。
イギリスへの対抗策として大陸封鎖令を出し、
イギリスとの貿易を禁止してイギリスを経済的な困窮に落とし、
フランスの市場を広げようと目論んだが、
イギリスの製品を輸入していた諸国やフランス民衆の不満を買い、
ロシアが大陸封鎖令を破ってイギリスとの貿易を再開。
これに対しナポレオンは対ロシア開戦を決意、
同盟諸国兵を加えた60万の大軍でロシアに侵攻したという背景。
しかし、ロシア軍の司令官の隻眼の老将は老獪で、
今ナポレオンと戦えば確実に負けると判断し、
広大なロシアの国土を活用し、
会戦を避けてひたすら後退、
フランス軍の進路にある物資や食糧は全て焼き払う焦土戦術で、
辛抱強くフランス軍の疲弊を待った。
モスクワを制圧すればロシアが降伏するか、
食糧が手に入ると期待していたナポレオンは、
ボロジノでロシア軍を破ってついにモスクワへ入城するが、
市内に潜伏したロシア兵がその夜各所に放火、
モスクワは3日間燃え続けた大火で
焼け野原と化した。
これも事前学習が生きた。
ロシアの冬を目前にして、
物資の獲得と敵の撃破のいずれにも失敗したナポレオンは、
この時点で遠征の失敗を悟る。
フランス軍が撤退を開始したことを知ったロシアは、
コサック騎兵を繰り出してフランス軍を追撃、
コサックの襲撃と冬将軍とが重なり、
ロシア国境まで生還したフランス兵は全軍の1%以下の、
わずか5千人であった。(映画では、5万人と)
などという知識の補てんはさておき、
この映画で描かれるナポレオンは、
英雄・ナポレオンではなく、
人間・ナポレオン。
それも卑小な人物として描かれる。
なにしろ、エジプト遠征中、
残してきた妻・ジョセフィーヌの浮気を心配するあまり、
戦線を離脱して、パリに戻るという愚挙。
ナポレオンがエジプトから離脱したのは史実だが、
その原因が妻の浮気とは、映画だけのトホホな解釈か。
妻の不妊をなじって、
人のいる晩餐の場で物をぶつけあう、などというのもあきれる。
ナポレオンの英雄的な側面より、
妻への異常なこだわりばかり強調する
この脚本の着眼点はいかがなものか。
予告編を見た時、
ホアキンがどんなナポレオン像を見せてくれるかと期待したが、
とんだ期待外れ。
第一、あんな終始陰鬱な顔をした男に
軍隊が命を懸けて着いていくものか。
歴史的人物の、ある側面に光を当てる、
というのは創作者の自由だが、
これではあまりに情けない。
フランスへの愛もしっかり描かれていない。
フランス国民は怒らないのか。
ただ、戦争場面は、迫力はある。
多い時で6千人を投入しただけのことはある。
主力は大砲で、その威力が描かれる。
それにしても、デモする市民に向けて大砲をぶっ放すとは。
天安門事件を思い出す。
また、戦場の白兵戦もリアルで、
日本の戦国時代と同様、人の命が軽い。
全編を通じ、わずか2、3百年前のヨーロッパは、
戦場だったのだと分かる。
なにしろ国境が隣接しているのだから。
ナポレオンの起こした6つの戦争で、
死んだ兵士の数は300万人、
とエンドロールで字幕が出る。
今の物差しで過去の事象を計るのは誤っているとは思うが、
歴史の長~い物差しを当ててみれば、
彼は英雄でも何でもなく、
単なる戦争愛好の権力者だったと分かる一篇。
プーチンや習近平、金正恩の姿が重なる。
ナポレオンの妻ジョゼフィーヌ役には、ヴァネッサ・カービー。
ナポレオンの死の謎については触れず。
死因は公式には胃ガンだとされているが、
砒素による暗殺説も根強い。
ナポレオンの血筋は絶え、
遺体は掘り返されて、
凱旋門を通ってパリに戻り、
通称アンヴァリッド↓(旧軍病院。軍事博物館もある)
に葬られている。
フランスが舞台だが、
登場人物は、英語で会話。
ロシア軍はロシア語、
プロイセンはドイツ語、
イギリスは英語(!)で話すのに、
フランス人は英語。
まあ、イエス・キリストさえ英語で話すアメリカ映画だから、
仕方ないか。
5段階評価の「3」。
拡大公開。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます