[書籍紹介]
鎌倉に近い町の老舗陶磁器店「土岐屋吉平」で起こる人間模様。
店主は久野貞彦で、妻の暁美と息子の康平とで、
店の経営は順調だった。
その跡取りの康平が刺殺された。
犯人は逮捕されたが、
隅本(くまもと)というその男は
残された妻・想代子(そよこ)の元カレだった。
別れた後も想代子に執着して、犯行に及んだものとみられる。
そんな男となぜ付き合っていた、という
殺人の原因の非難めいたものが想代子に向けられる。
判決が言い渡され、
その量刑が懲役17年という重いものだったため、
激昂した隅本が、不規則発言をする。
隅本と想代子は通じており、
DVであった夫から救うために康平を殺した、
そそのかしたのは想代子だ、
と、想代子が黒幕、と言わんばかりの内容だった。
その発言は、供述では述べておらず、
信用性の薄いものだったが、
貞彦夫婦、特に母親の暁美に暗い影を落とす。
疑念は広がり、葬儀で流した想代子の涙さえ、
嘘泣きではないかと疑うのをはじめ、
ことごとく想代子の行動を裏があると感じ始める。
週刊誌の記者が取材に訪れ、暁美の姉の東子を通じて、
孫の那理太(なゆた)が
実は隅本の子どもではないかとの疑念さえもたらされる。
という、一旦疑念に取りつかれた人物が
どんな不条理な行動を取るか、が描かれる。
疑念は広がり、ついには密かにDNA鑑定をし、
発言の真意を確かめるために、
拘置所にいる隅本との面会に臨むなど、
常軌を失った行動。
まさに疑念地獄、疑心暗鬼の闇である。
思い込みというものは恐ろしい。
こういうのを、「愚かな情熱」と言う。
想代子はもともと寡黙で何を考えているかわからない人物。
その背景には、母親の手で育てられた境遇のせいであったと
後で説明されるのだが、
一旦疑念に取りつかれた暁美には、
全てが疑わしく感じられる。
想代子は魔性の女なのか。
何らかの意図を持った「したたかさ」で、
周囲の人々の思惑を手玉に取っているのか。
土岐屋吉平の将来はどうなる、
との興味で物語は進む。
これに、駅前商店街の再開発を巡る軋轢、
陶器のトラブルなどの話がからむ。
果たして想代子は何者なのか?
ベストセラー作家、雫井脩介によるサスペンス。
先の直木賞候補になったが、選ばれなかった。
映画化かドラマ化されたら、面白そうだ。
「crocodile tears(ワニの涙) 」とは
「偽の涙、ウソ泣き」のこと。
9世紀ごろ、東ローマ帝国で語られた
「クロコダイルは獲物を引き寄せるのに涙を使う」、
「獲物を食べる時に泣く」といった逸話が出所で、
14世紀ごろから英語でも用いられるようになり、
シェークスピアの作品にも何度か登場している。
実際にはクロコダイルに涙はあるが、
泣くことはない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます