またTEDで面白い話がありました
ハーバード大学の心理学者スティーブン.ピンカー教授の話です
彼が語るのは戦争と平和!
今、世の中は戦争や紛争の耐えない時代だと言われているが、本当は人類史上、最も平和な時代だと!
実は暴力は減ってきている
アウシュビッツ強制収容所の写真は我々の心に強烈な印象を残し、我々に新たな認識を与えた
人間性、歴史そして現代について
20世紀には、スターリン、ヒトラー、毛沢東、ポル.ポト、ルワンダ虐殺など、そして21世紀まだ初期だが、もうすでにダルフール紛争、それにイラクの惨状がある
それで人々はこう思うんだ
世の中、暴力的になったと!
先住民たちの方が平和な暮らしをしていただろうと
数年前、感謝祭の日、新聞にこんな論説が出ていた
アメリカ先住民たちの暮らしには、雇用問題はなく、支え合いがあり、犯罪など起こらなかった部族間の争いがあっても、虐殺になることはほぼなかった
我々は、このような話を子どもたちにする
テレビや子どもの本にも出てくる
しかし、こうした認識は間違っている
それを今から証拠を挙げて論じます
実は昔の人のほうが暴力的だし世の中、暴力は減ってきている
おそらく今が人類史上、最も平和な時なんです
何ておかしな発言をするんだと思われてしまいそうですが、実際そうだということを説明していきます
暴力の減少は1000年単位で見ても、100年10年1年単位で見てもわかる
特に大きな変化があったのは16世紀
世界中で変化が起こった
イギリスやオランダで始まり、特に西洋で顕著だった
それでは1000年単位から1年単位まで順に見ていきましょう
1万年前までは全人類が遊動的、狩猟採集民だった
平和な暮らしだったと思われている
だが考古学者キーリーは異論を唱える
参考にするのは現代の狩猟採集民の死亡率データ
これで違うとわかると
それで、こちらのグラフ
狩猟採集民の男性が争いによって死亡する率です
赤い線が長いほど自然死ではなく、殺される可能性が高いということ
ニューギニアやアマゾンのいろんな部族のデータです
これが60%近いという部族もあります
一番低い部族で15%、そして、この一番短い青い線が20世紀のアメリカとヨーロッパです これで世界大戦の死者を含んでいます
もし争いで死ぬ率が1万年前と同じだったら、20世紀には20億人、死んでいたでしょう
また1000年単位の話で、今度は聖書に書かれていること
我々の倫理観の基盤とされる聖書
その中の戦争に関する記述
たとえば民族記31章
モーゼの兵はミディアン人と戦い男たちを皆殺し
その後、モーゼは言った
子どもでも男子は殺せ 男と寝た女たちも殺せ
男と寝ていない娘は生かしておくがよい
つまり、こうだ
男は殺す 子どもも殺す
処女だけ生かしておいて犯す
聖書には、こういう話が4~5回出てくる。
また聖書によると死刑に値する罪とは、同性愛、不倫、神への冒涜、偶像崇拝、親への口答え、安息日に仕事をすること
さて、ここからは100年単位で見た場合
中世の戦争に関する統計データなどはありませんけど、社会的に許される暴力は明らかに減ってきた
かつては罪人に対して身体損傷や拷問をしていた
今では罰金で済むようなことが、昔は舌切り、耳切り、目つぶし、手の切断など死刑のやり方も残虐だった
火あぶり、腹裂き、車裂き、八つ裂きなど
しかも国王を批判したりパソを盗んだりしただけで死刑
奴隷制も、もちろんあった
それから残酷な娯楽もあった
特にひどいのが猫焼き
ステージ上で猫を吊して火で焼き、観客は猫が焼け死ぬを見てバカ笑いするという
殺人に関してはデータがある
多くの自治体が住民の死因を記録してたからだ
それで犯罪学者アイズナーはヨーロッパ中の記録を調べた
あらゆる市町村の殺人発生率の記録
国が統計を取り始めた後は国のデータ
そしてアイズナーはグラフを作成した
一番大きい値が10万人当たり100件
これが中世の殺人発生率だった
それが10万人当たり1件未満にまで減ったのです
ヨーロッパの7~8か国ではね
で、1960年代に微増
ロックンロールが流行したせいかもしれません
いずれにせよ中世と比べると今は100分の1未満で16世紀初頭に、がくんと減ったのです
さて次は10年単位
非政府組織の調査によると1945年からヨーロッパとアメリカ大陸で戦争、民族暴動、虐殺、軍事データが激減、南米でもですよ
世界的にも戦争で死ぬ人の数は激減
この黄色い線は一つの戦争で一年間に死ぬ人数の平均
1950年代は、これが6万5000人でしたが現在は2000人未満になっています
一年単位で見ても減少傾向
冷戦集結後、内戦は減ったし、集団虐殺は第2次大戦後の最高値から90%減
凶悪犯罪は60年代に増えたが、それも元に戻った
これはFBIのデータ
このように60年代以降、犯罪率が高くなったのが90年代にがくんと減って60年時点の値に、ほぼ戻った
なのに何故、皆、暴力が減っていることを知らないのか
一つの理由はニュースの発展
AP通信のほうが16世紀の修道士よりも戦争報道が上手だ
人は錯覚に陥ってしまうのだ
思い出しやすいものほど、よく起こっていると感じてしまう
おぞましい事件などのほうが、お年よりが亡くなったという話より印象に残りやすい
活動家だったら、状況はよくなっていますなんて言っても支持者は増えない
それから先住民に対する罪悪感や西洋文化は悪いという自虐的な考え、意識の変化に行動が追いつかないということ
皆、自分の時代の暴力が嫌になって暴力を減らす
それは今も続いている
けど意識のほうが先に変わるので、いつだって世の中は野蛮に思えるのです
今の世の中、殺人犯が15年に及ぶ裁判の末、薬殺刑に処せられたら人々は怒ります
数百年前は、国王を批判しただけで火あぶりの刑、裁判は10分
そんな世の中だった
けど、そのことは考慮に入れず、とにかく今の死刑は野蛮だと人々は考える
暴力が減少したことについて私はなるほどと思える説明を4つ見つけました
まずホッブズの説
彼によると人間の生活は孤独で貧しく険悪で残忍で短い
それは人間が本質的に野蛮で凶暴だからではなくて、無秩序状態になった時、人間は先制攻撃したくなるからだと
シェリングによる現代的な例えはこうだ
不審な音がしたので銃を持って様子を見に行くと銃を持った泥棒が!
で、この時、こう思う 殺したくないけど撃たれる前に撃たないと!
向こうも先に撃たなきゃ殺されるって思ってるだろうし
狩猟採集民は、まさに、このように考える
それで恐怖心から先制攻撃に出る
これへの対策として一つ考えられるのは抑止力だ
やられたら報復すると警告しておくのだ
ただし、どうせハッタリだろうと思われてしまったら効果がない
そのため実際に、いちいち仕返ししないといけなくて、それじゃ仁義なき戦いになってしまう
そこでホッブズは解決策を提示
民衆を代表する主権者のみが、暴力を行使できるという形をとれば、攻撃的衝動は減るだろうと
絶対に罰せられるのなら得にはならないだろうと、攻撃される前に攻撃しようという気がなくなる
脅しがハッタリではないと示す必要もなくなる
その結果、平和になる
先ほどの殺人発生率のグラフを作成したアイズナーいわく、ヨーロッパでの殺人の減少は中央集権国家の成立と同時期だった
つまりホッブズ説は正しい
そして無秩序状態では実際、暴力が増える
破綻国家、崩壊した帝国、辺境地帯、マフィアの世界など
2つ目の説明は人の命の価値に関することです
早死にが多かった頃は他者に苦痛や死を与えることに抵抗が少なかったが、寿命が長くなり昔よりも命を重んじるようになった
政治学者ペインは、そう言っています
3つ目の説明は非ゼロ和ゲーム理論です
ジャーナリストのライト言わく
特定の状況下では協力し合えば、両者が利益を得られる
例えば余ったものを交換すれば、どちらも得をする
それから戦いを止めることも両サイドにとって有益だ
テクノロジーのおかけで非ゼロ和的状況は増えてきた
物やサービス、アイデアの交換を、より広く行えるようになった
他者がいるほうが自分に都合がいい
だから暴力が減ったとのこと
ライトいわく、日本を攻撃するべからず
うちの車、日本車だから
4つ目の説明は哲学者シンガーの言う広がる輪
人間は他者に共感できる生き物
自分の利益と同様に他人の利益を尊重できる
最初は、そうできる相手が親友や家族だけで、その輪の外にいる人に対しては横柄な態度をとる
でも歴史を見ると輪が広がってきたのがわかる
村から氏族社会に、部族社会に、国に、他の人種、男女両方
シンガーは、ぜひ人間以外にもと言う
では、輪が広がってきた理由は何だろう
ライトの言う相互依存の高まりというのもあるだろう
また人と接すれば接するほど我々は利己的になってはいけないと実感する
利己的な人は嫌われる
私の利益のほうが大事なのだなんて、この場所は今、私がいるから特別な場所なんだと言うようなもの
もしくは世界主義
歴史認識や報道、本、旅行などを通して、これまで輪の外だった人に対して、親近感を持つことができ、そして自分の今の立場も偶然こうなっているのだと悟る
とにかく暴力は減ってきており、今、我々は何故、平和なのか、考えるべきなのだ
何が正しい行いなのか、ちゃんと知ろう
だって我々は何か良いことをしているわけなのだから
(○´∀`○)
毎日を楽しく有意義に過ごせるような
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ハーバード大学の心理学者スティーブン.ピンカー教授の話です
彼が語るのは戦争と平和!
今、世の中は戦争や紛争の耐えない時代だと言われているが、本当は人類史上、最も平和な時代だと!
実は暴力は減ってきている
アウシュビッツ強制収容所の写真は我々の心に強烈な印象を残し、我々に新たな認識を与えた
人間性、歴史そして現代について
20世紀には、スターリン、ヒトラー、毛沢東、ポル.ポト、ルワンダ虐殺など、そして21世紀まだ初期だが、もうすでにダルフール紛争、それにイラクの惨状がある
それで人々はこう思うんだ
世の中、暴力的になったと!
先住民たちの方が平和な暮らしをしていただろうと
数年前、感謝祭の日、新聞にこんな論説が出ていた
アメリカ先住民たちの暮らしには、雇用問題はなく、支え合いがあり、犯罪など起こらなかった部族間の争いがあっても、虐殺になることはほぼなかった
我々は、このような話を子どもたちにする
テレビや子どもの本にも出てくる
しかし、こうした認識は間違っている
それを今から証拠を挙げて論じます
実は昔の人のほうが暴力的だし世の中、暴力は減ってきている
おそらく今が人類史上、最も平和な時なんです
何ておかしな発言をするんだと思われてしまいそうですが、実際そうだということを説明していきます
暴力の減少は1000年単位で見ても、100年10年1年単位で見てもわかる
特に大きな変化があったのは16世紀
世界中で変化が起こった
イギリスやオランダで始まり、特に西洋で顕著だった
それでは1000年単位から1年単位まで順に見ていきましょう
1万年前までは全人類が遊動的、狩猟採集民だった
平和な暮らしだったと思われている
だが考古学者キーリーは異論を唱える
参考にするのは現代の狩猟採集民の死亡率データ
これで違うとわかると
それで、こちらのグラフ
狩猟採集民の男性が争いによって死亡する率です
赤い線が長いほど自然死ではなく、殺される可能性が高いということ
ニューギニアやアマゾンのいろんな部族のデータです
これが60%近いという部族もあります
一番低い部族で15%、そして、この一番短い青い線が20世紀のアメリカとヨーロッパです これで世界大戦の死者を含んでいます
もし争いで死ぬ率が1万年前と同じだったら、20世紀には20億人、死んでいたでしょう
また1000年単位の話で、今度は聖書に書かれていること
我々の倫理観の基盤とされる聖書
その中の戦争に関する記述
たとえば民族記31章
モーゼの兵はミディアン人と戦い男たちを皆殺し
その後、モーゼは言った
子どもでも男子は殺せ 男と寝た女たちも殺せ
男と寝ていない娘は生かしておくがよい
つまり、こうだ
男は殺す 子どもも殺す
処女だけ生かしておいて犯す
聖書には、こういう話が4~5回出てくる。
また聖書によると死刑に値する罪とは、同性愛、不倫、神への冒涜、偶像崇拝、親への口答え、安息日に仕事をすること
さて、ここからは100年単位で見た場合
中世の戦争に関する統計データなどはありませんけど、社会的に許される暴力は明らかに減ってきた
かつては罪人に対して身体損傷や拷問をしていた
今では罰金で済むようなことが、昔は舌切り、耳切り、目つぶし、手の切断など死刑のやり方も残虐だった
火あぶり、腹裂き、車裂き、八つ裂きなど
しかも国王を批判したりパソを盗んだりしただけで死刑
奴隷制も、もちろんあった
それから残酷な娯楽もあった
特にひどいのが猫焼き
ステージ上で猫を吊して火で焼き、観客は猫が焼け死ぬを見てバカ笑いするという
殺人に関してはデータがある
多くの自治体が住民の死因を記録してたからだ
それで犯罪学者アイズナーはヨーロッパ中の記録を調べた
あらゆる市町村の殺人発生率の記録
国が統計を取り始めた後は国のデータ
そしてアイズナーはグラフを作成した
一番大きい値が10万人当たり100件
これが中世の殺人発生率だった
それが10万人当たり1件未満にまで減ったのです
ヨーロッパの7~8か国ではね
で、1960年代に微増
ロックンロールが流行したせいかもしれません
いずれにせよ中世と比べると今は100分の1未満で16世紀初頭に、がくんと減ったのです
さて次は10年単位
非政府組織の調査によると1945年からヨーロッパとアメリカ大陸で戦争、民族暴動、虐殺、軍事データが激減、南米でもですよ
世界的にも戦争で死ぬ人の数は激減
この黄色い線は一つの戦争で一年間に死ぬ人数の平均
1950年代は、これが6万5000人でしたが現在は2000人未満になっています
一年単位で見ても減少傾向
冷戦集結後、内戦は減ったし、集団虐殺は第2次大戦後の最高値から90%減
凶悪犯罪は60年代に増えたが、それも元に戻った
これはFBIのデータ
このように60年代以降、犯罪率が高くなったのが90年代にがくんと減って60年時点の値に、ほぼ戻った
なのに何故、皆、暴力が減っていることを知らないのか
一つの理由はニュースの発展
AP通信のほうが16世紀の修道士よりも戦争報道が上手だ
人は錯覚に陥ってしまうのだ
思い出しやすいものほど、よく起こっていると感じてしまう
おぞましい事件などのほうが、お年よりが亡くなったという話より印象に残りやすい
活動家だったら、状況はよくなっていますなんて言っても支持者は増えない
それから先住民に対する罪悪感や西洋文化は悪いという自虐的な考え、意識の変化に行動が追いつかないということ
皆、自分の時代の暴力が嫌になって暴力を減らす
それは今も続いている
けど意識のほうが先に変わるので、いつだって世の中は野蛮に思えるのです
今の世の中、殺人犯が15年に及ぶ裁判の末、薬殺刑に処せられたら人々は怒ります
数百年前は、国王を批判しただけで火あぶりの刑、裁判は10分
そんな世の中だった
けど、そのことは考慮に入れず、とにかく今の死刑は野蛮だと人々は考える
暴力が減少したことについて私はなるほどと思える説明を4つ見つけました
まずホッブズの説
彼によると人間の生活は孤独で貧しく険悪で残忍で短い
それは人間が本質的に野蛮で凶暴だからではなくて、無秩序状態になった時、人間は先制攻撃したくなるからだと
シェリングによる現代的な例えはこうだ
不審な音がしたので銃を持って様子を見に行くと銃を持った泥棒が!
で、この時、こう思う 殺したくないけど撃たれる前に撃たないと!
向こうも先に撃たなきゃ殺されるって思ってるだろうし
狩猟採集民は、まさに、このように考える
それで恐怖心から先制攻撃に出る
これへの対策として一つ考えられるのは抑止力だ
やられたら報復すると警告しておくのだ
ただし、どうせハッタリだろうと思われてしまったら効果がない
そのため実際に、いちいち仕返ししないといけなくて、それじゃ仁義なき戦いになってしまう
そこでホッブズは解決策を提示
民衆を代表する主権者のみが、暴力を行使できるという形をとれば、攻撃的衝動は減るだろうと
絶対に罰せられるのなら得にはならないだろうと、攻撃される前に攻撃しようという気がなくなる
脅しがハッタリではないと示す必要もなくなる
その結果、平和になる
先ほどの殺人発生率のグラフを作成したアイズナーいわく、ヨーロッパでの殺人の減少は中央集権国家の成立と同時期だった
つまりホッブズ説は正しい
そして無秩序状態では実際、暴力が増える
破綻国家、崩壊した帝国、辺境地帯、マフィアの世界など
2つ目の説明は人の命の価値に関することです
早死にが多かった頃は他者に苦痛や死を与えることに抵抗が少なかったが、寿命が長くなり昔よりも命を重んじるようになった
政治学者ペインは、そう言っています
3つ目の説明は非ゼロ和ゲーム理論です
ジャーナリストのライト言わく
特定の状況下では協力し合えば、両者が利益を得られる
例えば余ったものを交換すれば、どちらも得をする
それから戦いを止めることも両サイドにとって有益だ
テクノロジーのおかけで非ゼロ和的状況は増えてきた
物やサービス、アイデアの交換を、より広く行えるようになった
他者がいるほうが自分に都合がいい
だから暴力が減ったとのこと
ライトいわく、日本を攻撃するべからず
うちの車、日本車だから
4つ目の説明は哲学者シンガーの言う広がる輪
人間は他者に共感できる生き物
自分の利益と同様に他人の利益を尊重できる
最初は、そうできる相手が親友や家族だけで、その輪の外にいる人に対しては横柄な態度をとる
でも歴史を見ると輪が広がってきたのがわかる
村から氏族社会に、部族社会に、国に、他の人種、男女両方
シンガーは、ぜひ人間以外にもと言う
では、輪が広がってきた理由は何だろう
ライトの言う相互依存の高まりというのもあるだろう
また人と接すれば接するほど我々は利己的になってはいけないと実感する
利己的な人は嫌われる
私の利益のほうが大事なのだなんて、この場所は今、私がいるから特別な場所なんだと言うようなもの
もしくは世界主義
歴史認識や報道、本、旅行などを通して、これまで輪の外だった人に対して、親近感を持つことができ、そして自分の今の立場も偶然こうなっているのだと悟る
とにかく暴力は減ってきており、今、我々は何故、平和なのか、考えるべきなのだ
何が正しい行いなのか、ちゃんと知ろう
だって我々は何か良いことをしているわけなのだから
(○´∀`○)
毎日を楽しく有意義に過ごせるような
さまざまな情報を発信しています
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