CANON EOS5D Mark2
CANON EF16-35mm F2.8LⅡUSM
翌朝 目が覚め
雨はまだ降っている
食事をしながら
雨があがるのを待つ
オートミールに温めたスキムミルクをかけ
シナモンシュガーとフルーツを混ぜて食べる
甘い香りがテントの中にひろがる
まだまだ寒い
シュラフに足を入れ寝転がっていた
何もしない時間
ここにあるのは地図だけ
涸沢周辺の山を見る
あとすこし登れば3000m
2000m級と3000m級では見る風景が違う
行ってみたいと思った
雨がやみ
皆がテントをたたみそれぞれの場所へむかう準備をしていた
テントから出ると青空が見えた
鳥も鳴きはじめた
横尾から本谷橋を越えたあたりで
一人 小柄なご婦人に出会った
その人は重い荷物を担いだ私を早足で抜いていった
私よりずっと年上の女性だった
傘をトレッキングポールの代わりにしていた
すこし心配だった
心配が的中した
婦人の両靴のソールが剥がれていた
やっかいだった
見て見ぬフリはできなかった
声をかけた
近くにいた
私と同じく一人で登っていた女性も
私の声で立ち止まった
女性は持ってたテーピングで
ご婦人の靴底を固定した
すばやい対応だった
声をかけた私はじっと見ていただけだった
この先自分だってどうなるかわからない
テーピングはできる限り使いたくなかった
誰でも同じだと思う
山では自分ひとり
他人を助けてやれる余裕などない
それでも女性の対応は迅速だった
声をかけたのは私だ
助けるつもりなどないのであれば
声をかけるべきではないのだ
中途半端な自分
我にかえった
もう一方の靴は私がテーピングで固定した
片方だけならお互い使うテーピングも少なくてすむ
婦人の靴を応急処置しているとき
気がついた
婦人の靴底はスパッツのバンドと
靴紐で固定されているようだった
ソールが剥がれているのをわかって登っていたんだ・・・
「おかあさん、今なら間に合うから下山しましょう」
「もうだめでしょうか?あと何時間ぐらいで着きますか?」
「ここから先は岩場で登るばかりだから・・・
登れたとしても下りられないですよ」
「私ね(小屋で)みんなと肩を並べて寝るのが嫌で
下(上高地)の旅館で3日間泊まっていたの
雨で靴はベタベタに濡れちゃって・・・
普通のトレッキング用の靴はだめなのね・・・」
「もう私も歳だから・・・
これが最後かもしれないから・・・・」
声を詰まらせていた
泣いていた
また来年ありますよ・・・なんて
言えなかった
無理をして登ってきたのだから
来年はないのかもしれない
あきらかにご婦人より若い私からは言えなかった
雨で登れなかった
靴底が剥がれた
「登ってはいけない」
警告だったのかと思う・・・
それでも登った
そして最後の通告
私にソールの剥がれを見つけられた
上高地で引き返すべきだったのだ
靴を変えて足をならし
傘をトレッキングポールにして
ゆっくり時間をかければ
また登れる
言ってあげたかった
重い荷物で息も絶え絶えになっていた
無理をしている
わかっている
でも引き返せなかった
山頂は晴れたり曇ったり
今日の天気予報は曇りか雨の予報だった
でも青空が見えた
私はここに来ることを
許してもらえたのだろうか
振り返った先には
自分の足跡が見えた