豆が食べたくなったのでバリで手に入れた大正金時に似た乾燥豆を一晩水につける。翌朝に水を吸って膨らんだ小豆色の豆を見ていると4年前の旅の途上での味覚の記憶が呼び覚まされる。
2007年に周った南米の国の一つ、アルゼンチンのハイネの麓の街で食べた豆料理が美味かった。ハイネの登山観光客が停泊するところで、西部劇のスタジオのような街のたたずまいが印象に残っている。舗装はされていない上に大平原からまともに吹いてくる風が強いので猛烈な砂埃が立つ。そんな道路沿いに間口の小さなレストランがあり、ガラス越しに生ビールが飲めることを確認して嬉しくなり思わず入った。旨そうなスープの匂いにたまらず豆のスープを頼み、食べると味に体にしみこむような感動がある。料理法は簡単なもので、豆とスジ肉と岩塩くらいのものだろう、ただ柔らかく煮てあるだけのシンプルな調理で、片田舎の小さなレストランに実によく合う。このあと回ったボリビアの山中でも、あるいは2006年にモロッコ山中の屋台で食べた豆と羊肉のスープも美味かった。
牛肉と豆の組み合わせは多くの国で最善の組み合わせの一つで、肉だけでも豆だけでもなくこの組み合わせで体に必要な滋養と味が生まれる。ちょうど鰹節と昆布の組み合わせのように、単独で料理した時よりもお互いの味を何倍にも引き立てあう。
「組み合わせによって、単独時より一層の存在感を増す」というのは世界の真理のひとつで、肉と豆のスープはその適切なメタファーだ」 水を吸って膨らみ、少し泡立っている豆をみながらそんなことを頭の中でつぶやいてみたが、なによりの問題はさてバリの牛肉で旨い豆のスープはできるだろうか。