ナポリ
ナポリの霧がかった港に船が静かに滑り込む。あの丘の上に広がる街並みが徐々に現れるのを見つめながら、私の胸には幼少期の記憶が甦ってくる。ポッツオーリの狭い路地、海の香り、喧騒と活気に満ちた市場。そう、私はここで育った。ナポリは私の魂、私の原点。どんなに遠くに行っても、心の中にいつもこの街がある。
私の名前は世界中に知られるようになったけれど、私の心の中にはいつもナポリの娘がいる。生きるために戦わなければならなかったこの街で、私の強さが鍛えられた。ナポリはただの美しい街ではない。ここには深い愛と激しい怒り、笑いと涙が混在している。まるで私の人生そのもの。
ナポリは優しさと危険を併せ持つ街。私たちナポリの女は、笑いながら泣くことができる。私もそうだった。カモッラの影、貧困、そしてその中での生存。けれど、それが私を形作り、強くした。街の狭い路地を駆け回り、映画の夢を見たあの頃の私が今の私を作った。
私の名前を口にするたびに、人々は大女優の姿を思い浮かべるかもしれない。でも、私にとってはいつも、ナポリの青い空と強い海風、そして母の微笑みが伴ってくる。
ナポリに帰ってきた私は、静かに街を見つめる。この街の激しさ、矛盾、美しさをすべて知っている。だからこそ、ナポリは私にとって特別な場所だ。映画の世界でどれだけ成功しても、この街の一部であり続けることは私の誇りだ。
朝もやの中、私はナポリの街にそっと問いかける。私を覚えている? もちろん、この街は答えてくれる。なぜなら、私がナポリを愛するように、この街もまた私を愛してくれているから。(ソフィアローレンの独白 フィクション)
国立考古学博物館
ファルネーゼ家は、イタリアの歴史において重要な役割を果たした貴族家系の一つ。彼らはその豊かな財力と権力を背景に、膨大な芸術品のコレクションを築き上げた。ナポリ国立考古学博物館のコレクションの多くは、このファルネーゼ家からもたらされた。
ファルネーゼ家の収集の歴史は、14世紀に遡り16世紀、アレッサンドロ・ファルネーゼがローマ教皇パウルス3世として即位してルネサンス期の芸術と文化の発展に深く関与し、彼の命により、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の最後の審判を完成させた。
ファルネーゼ家はローマ教皇としての権威を背景に、イタリア全土にわたる広大な領地を手に入れた。彼らが収集したギリシャ・ローマ時代の彫刻や美術品、古代の遺物は、その後のヨーロッパの美術史に大きな影響を与えることになる。
「ファルネーゼのヘラクレス」や「ファルネーゼの雄牛」は、かつてのファルネーゼ宮殿を飾った。
彼らは政治的な陰謀や権力闘争に巻き込まれ、その栄華の背後には多くのドラマがあった。17世紀に入ると、ファルネーゼ家は徐々にその勢力を失い、最終的にはブルボン家に吸収される。
ナポリ国立考古学博物館に展示されているファルネーゼ家のコレクションは、権力への欲望と美への情熱を物語るもの。権力欲と美への願望は想像するより相性の良いものらしい。
銀細工
ナポリ考古学博物館、銀の浮彫のメタル杯。実体がない形の影が出来ている。だれかこの謎が解けますか。12年間考えているがいまだに謎が解けない。光線の物理学に背いているように見えるが。
銀の食器に見えるがどうも違う。化粧に使用するファンデーションの粉を入れるものかもしれない。プリンの型みたいなものもある。
銀の鏡か。持ち主の横顔がレリーフされているのかもしれない。
銀のスプーン。持ち手が現代のものに比べて小さいな。
大理石像
その姿は、帝国の黄金時代を象徴するかのように、無限の時間を貫いて立っている。巻物を掲げるその手は、石の冷たさの中にも血が脈打つかのように、力強く、確固たる意志を秘めている。布告官の瞳は、時代を超えた知恵を宿し、彼の口から発せられる言葉は、静寂の中にさえも轟音のように響き渡るだろう。
その彫像の表面は、時の流れに削られたように滑らかでありながら、その筋肉の輪郭は鋭く彫り込まれ、古代の戦士のような強靭さを漂わせている。彼の身体は、石でありながらも、まるで今にも動き出し、再び帝国の栄光を告げるかのように感じられる。
その巻物には、無限の力と知恵が凝縮されている。それは単なる法の記録ではなく、ローマそのものの意志が刻まれている。彼の手が高く掲げることで、その法は天に届き、地に響き、世界を貫く。ナポリの風が彼の周囲を吹き抜けるとき、その風は彼の肩にかかるマントをかすかに動かし、彫像にさらなる生命を吹き込む。
この布告官はローマの力と栄光の具現化であり、彼の内に宿る人間の欲望、力、そして美の追求が石の中に凝縮されている。彼の言葉を通じて、この彫像は単なる過去の遺物ではなく、永遠に生き続ける力強い象徴となる。
ナポリ考古学博物館の第16室に佇む、この壮大な大理石彫刻、「ファルネーゼの雄牛」を前にすると、古代の神話と情熱が石の中で永遠に固められたかのような感覚に襲われる。ローマのカラカラ浴場から出土したこの彫刻は嫉妬と勇気、愛と憎悪という普遍的なテーマを体現している。
嫉妬は古今東西を問わず、人間の心を激しく揺さぶり、芸術家たちに無尽蔵のインスピレーションを与えてきた感情だ。この彫刻の中に描かれた物語も、その例外ではない。左手前に座す女性は顔を歪めている。彼女に嫉妬する妻が、怒りと憎悪に駆られて牡牛をけしかけたのだ。
嫉妬に燃えるその妻の姿は、目に見えなくとも彫刻全体に漂っており、石に刻まれた肉体を通じてその激情が我々の魂に訴えかけてくる。
二人の男性はその命を賭して女性を助ける。彼らの筋肉は緊張し、目は鋭く、彼らの体には、時代を超えた不屈の精神が宿っている。それは、古代も現代も変わらず、愛のために立ち上がる人間の強さを象徴している。
古代ローマのカラカラ浴場からこの場所へと運ばれる作品から嫉妬の炎が燃え上がり、怒りの恐ろしい力がこの冷たい大理石に凝縮されている。嫉妬という暗黒の感情が、他者への攻撃を招く一方で、それを抑え込む人間の精神的な強さが同時に表現されている。二人の男が示す真剣さ、女性を救うために命を懸けるその姿勢は、古代から現代に至るまで、変わることのない人間の本質を描き出している。
ナポリ考古学博物館の第12室に佇む「ファルネーゼのヘラクレス」。この彫像を前にするとき、その圧倒的な存在感に胸が高鳴り、古代の神話と英雄の魂が石の中で永遠に息づいていることを感じずにはいられない。ローマのカラカラ浴場から発掘されたこの大理石の巨人は世界の守護者としての象徴を体現している。
ヘラクレスの名は、力と不屈の精神の象徴である。彼が手にする棍棒とネメアの獅子の皮は、彼が果たした偉業を物語る。彼の体と姿勢には神々から授けられた力が宿っている。しかし、その眼差しには疲労と内なる葛藤も見て取れる。神話の中で、ヘラクレスは数々の試練を乗り越え、勝利を手にしたが、その代償として彼の肉体と魂は大きな負担を負ったのだろう。
ヘラクレス像が、時を超え、文化を超えて、世界中で守護者としての象徴とされているのは偶然ではない。日本では仁王としてその姿が見られ、バリの寺院でも、棍棒を手にした守護神が我々を見守っている。ヘラクレスの姿は人類が共有する守護のイメージとなり、どの文化においても、力と保護の象徴として尊ばれている。
この彫像を前にしたとき、私は彼が我々に伝える静かなメッセージを感じ取る。守護者としての責任と力を担う者の宿命、背後に隠された葛藤と孤独、人間の本質的な脆さをも体現している姿を通して。
ナポリ考古学博物館の中に立つこの彫像、槍を構えるローマ兵士は、白く輝く大理石の中に永遠の瞬間を封じ込めたかのように見える。その優美な姿勢、力強さと繊細さを兼ね備えた彼の姿は兵士という役割を超え、ローマ帝国の栄光と威厳を象徴している。
この兵士が身を包む装束は、古代ローマの美学と機能性を完璧に融合させたものだ。槍を握るその手は、戦場での無数の戦いを経た鍛え抜かれたものでありながら、彫像としてはあまりにも美しく、まるで彫刻家の手によって神格化されたかのように感じられる。彼の目は遠くを見つめ、未来の戦いに備えているかのようだ。その静かな決意が、彼の姿全体に漂っている。
このローマ兵士の彫像が伝えるのは軍事的な力や戦闘技術だけではない。それは、どの時代、どの文化においても、戦士が持つべき誇りと決意、そして自らの使命に忠実であることの重要性だ。彫像が静かに立ち続けるこの空間は、時間と場所を超え、全ての戦士たちが共感し合う場となっている。
この静謐なナポリ考古学博物館の一角に佇む、花束を持つ二体の女性像は、古代の優美さと人間の理想を体現したかのような存在感を放っている。彼女たちの手に握られた花束は深い意味を与える象徴だろう。
右手に花束を持つ女性の彫像は古代の神話から抜け出してきた優雅さに満ちている。彼女の表情には、静かな喜びが感じられる。花束は彼女の手によって生命を与えられたかのように輝き、その一輪一輪が、彼女の魂と共鳴している。
左手に花束を持つもう一体の女性像はより穏やかであり深い洞察と知恵を宿している。彼女の姿勢は、地に足をしっかりとつけたまま、天に向かってその精神を広げているかのようだ。
彼女たちが持つ花束は、生命の美しさを祝福するものであると同時に、その儚さをも示している。花は咲き誇るが、それは一時的なものであり、その美しさの中には必ず終わりが訪れる。その一瞬の美こそが、私たちが追い求める永遠の理想でもある。
あなたはエジプトの地を離れ、遥か遠いナポリに佇んでいます。エジプトを懐かしく思うことはありますか?
そうですね。ナイル川のせせらぎ、砂漠の広がり、太陽の光に照らされた古代の神殿――それらは私の心の奥深くに刻まれた記憶です。エジプトは私の故郷であり、その土地で私は誕生しました。しかし、今ここで感じるのは、異国の地で新たな役割を担うことへの喜びと責任です。
あなたがエジプトに戻ることを願う日もあるのでしょうか?
エジプトへの想いは、時折私の胸を満たします。しかし、私はここナポリでの存在にも意義を見出しています。この地で人々が私を見つめ、エジプトの文化と歴史に思いを馳せることができることに、私は深い満足感を感じています。ここでの私の役割は、新たな文化との交差点として存在し続けることかもしれません。
あなたがナポリにいることを受け入れているのですね?もっと本音を言っていいと思うけど。
エジプトは私の魂の一部であり、永遠に私の中に生き続けるでしょう。でも本音を言って良い場合とそうでないこともあります。私はこれ以上は口を黙ます。
ローマ時代の人々がこのアルテミス像を前にしたとき、彼らは一瞬、異国の地からもたらされた異質な美を目の当たりにしたように感じたかもしれない。この像の姿は、彼らが知るギリシア神話の狩猟女神アルテミスとは大きく異なり、豊穣と多産を象徴する地母神としての一面を強調している。彼らの目には、この多数の卵形の装飾が、まるで数多くの乳房を持つかのように映る。それはローマ人にとっても、斬新で異質な表現であり、同時に畏敬と戸惑いを抱かせるものだっただろう。
ローマ時代の人々にとって、アルテミスは狩猟と自然の女神として、処女性や純粋さの象徴であった。彼女は力強く、独立した存在であり、しばしば月と関連づけられ、夜の守護者として崇拝されていた。しかし、この像はまるでそのアルテミスが異国の地で新たな役割を担わされたかのようであり、植物の豊穣や多産を司る地母神としての姿を強調している。
この像を見たローマ人は、最初はそのグロテスクさに驚き、戸惑ったかもしれない。彼らが知る女神像とは異なり、このアルテミス像は、まるで生命そのものがその身から溢れ出そうとしているかのように見える。生命そのものはいつの時代でもグロテスクだ。
それでも、ローマ人はすぐにこの像の背後にある意味を理解しようとしただろう。ローマは多くの文化を取り入れ、異なる信仰や神々を受け入れることで繁栄してきた都市である。彼らは、この像が象徴する生命の力、自然の循環、そして豊穣の象徴を尊重し、受け入れることで自らの文化を豊かにしてきた。彼らは、このアルテミス像を単なる異質なものとしてではなく、新たな豊穣のシンボルとして受け入れ、崇拝の対象とすることに抵抗はなかっただろう。
モザイク画
古代ローマの一角で、メナンドロスの喜劇を彩る道化師の楽隊がにぎやかに演奏を始める。鮮やかなモザイクに描かれた彼らの姿は、時代を超えた普遍的な喜びを伝える。腰をひねり、手を振る彼らの動きには、リズムと音楽への情熱が見え隠れしている。
その光景を眺めていると、私の心はふとモロッコのサハラ砂漠へと飛んでいく。灼熱の太陽が照りつける昼が終わり、月が上り闇が訪れる頃、現地の楽隊が同じように腰をひねり、手を軽やかに動かしながら演奏している姿を思い出す。その瞬間、時代や場所の違いを超えて、人々が音楽に身を任せて楽しむ姿が共鳴し合うのを感じる。
楽隊の演奏は、砂漠の乾いた空気にも、ローマの広場にも響き渡る。どちらの地でも、音楽は人々を結びつけ、笑いと喜びをもたらす。砂漠の広がりとローマの石畳の間には大きな違いがあるが、音楽を愛し、楽しむ心は同じだ。道化師たちの楽しげな表情は、サハラ砂漠の陽気な音楽家たちとまるで鏡写しのようだ。
私は、この二つの世界が見事に繋がる瞬間を楽しみながら、共通の人間性を感じ取る。音楽のリズムに乗って、人々は時を超え、場所を超え、共に踊り、笑い合う。メナンドロスの喜劇に描かれた楽隊と、サハラの砂漠で見た楽隊は、まるで遠い親戚のように、同じ血が流れているかのようだ。
楽隊の音が消え、静寂が訪れると、私はその普遍性を噛みしめる。
犬のモザイクを見つめると、オウィディウスの描いた「アクタイオン」の物語が頭をよぎる。アクタイオンは狩猟中にアルテミスの入浴を見てしまい、罰として自らが鹿に変えられ、自分の猟犬たちに追い詰められる運命を辿ります。この犬も忠誠心を持ちつつも野性の力を秘めている。
ウェルギリウスの『アエネーイス』に登場するカルタゴの女王ディードーは、エネアスへの愛と運命との葛藤の中で、森の中で狩りを楽しむ場面が描かれている。その狩りの象徴としてのヒョウは、自然の力強さと危険、そして美しさを体現している。モザイクに描かれたヒョウは物語を彷彿とさせる。
ホラティウスは詩の中で人々が集い、食事やワインを楽しみ、友情や哲学的な対話を深める場面を繊細に描き出している。古代ローマの貴族たちがこのテーブルを囲んで人生の儚さや喜びについて語り合っていたかも。
シーザーの晩餐
蛸の右下に靭の姿が描かれ、いずれももローマ人には垂涎の的の食材だ。鯛のように鋭い背びれを持つ魚は白身で旨そうだ。
宮尾登美子が『シーザーの晩餐』を通じてクレオパトラの時代を生き生きと感じ取ったように、私もこのモザイクを通して、古代ローマの豪華絢爛な饗宴を目の当たりにしている。近海の魚だけでなく、遠くブリタニアから運ばれてきた牡蠣や、エスカルゴのような珍味も口を満たしていた。
当時のローマ人は特に牡蠣には目がなかった。皇帝ドミティアヌスが、イタリアのキルケイ産かブリタニアのルトウピアエ産かを一口で見分けたという逸話が残っている。彼らにとって、食はステータスを示すものであり、文化の象徴でもあった。
『サテュリコン』で成り上がり者トルマルキオの豪宴は巨大な牡蠣や、モロッコのソリタナから取り寄せたエスカルゴが並ぶ。
目の前のモザイクを見つめていると、古代ローマの饗宴の一場面を永遠に閉じ込めた一種の「記録」であるかのように思えてくる。