6年前にブログに以下のように書いた。しかしその後、主はバリに滞在している。今頃は不在の庭で赤い花を全開させている頃だ。あの不思議に印象に残る男も同時に思い出した。
{・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・}2007年5月29日のブログを加筆修正
庭の野ばらが凄い。フェンスにはわせているのだが、どんどん伸びてその先は下の階の庭にまで届きそうだ。そして赤い花を満開に咲かせている。テラスでいつも利用する食事用テーブルからは視界に入らないのでそこまで伸びているとは知らなかった。今日フェンスから下を覗き込むと5メートル近く垂れ下っている。
迷惑になるかなとちらと考えたが、誰が見ても美しいものは美しいだろうと勝手に解釈してそのままにしておいた。
思えばこの野ばら、11年前(リライトしている現在からは17年前)にこのマンションに越してきた際に、前の庭にあった2mくらいのひょろりとしたものを移植した。正式の名前はしらないが、4,5センチの真っ赤な花が無数に咲き誇る。肥料も虫よけの対策もしていないのに、春になると主人を楽しませるために、けなげにも咲き誇ってくれる。
この野ばらが我が家の庭にやってきたことについてはちょっと変わった思い出がある。このマンションに移る前は、小田急線をはさんで反対側に住んでおり、近くに古い平屋の都営住宅があった。これが取り壊されることになり、住民は去ったが、彼らが大切に育ていとおしんできた草花だけはそのまま残されていた。東京都は近所の住人に対してこれらの植物をご自由にお持ち帰りくださいと呼びかけていた。私は週末ごとにせっせと残された植物たちを住んでいた借家の庭に移植するために自転車で取りにいった。丸い石なども一緒に運んだので結構重労働だった記憶がある。
ある週末に都営住宅跡に入ると、1メートルほどのひょろりとした野ばらがその大きさには不つり合いに小さな植木鉢に植えられてほおって置かれていた。鉢を持ち上げてみるとあまりに根がのびて鉢の穴からはみ出して30センチばかりも伸びている。持ち帰ろうと鉢に近づくと後ろに人の気配があった。
「勝手にさわるな」と男の声が言っている。失礼な人だな、ここは東京都が持ち帰り自由だと言っていると思ったが、一応は殊勝に詫びて、持ち帰ってもよいと思ったと説明した。男の年齢は65歳くらいに見えた。この空き地で何年も花を育てているらしい。もちろん、自分の土地ではないし勝手に都の空き地に栽培しているだけだ。しかし、丹精込めた花を勝手に持って帰られるのは悔しいのだろう。
「それにしても、沢山のお花を立派に育てていますね」と語りかけると急に態度が変わった。まんざらでもない様子で、そのバラの根を地中から丁寧に抜いてくれて私に手渡し持って帰れという。ありがたく頂いて帰り庭に移植したのが今の野ばらになっている。赤ちゃんバラが今や幹が7センチほどに太くなり、壮年期を迎えている。
その男のことが奇妙に記憶に残っている。おそらく無職で、都の空き地を自分で耕して草花を育てていたのだが、いよいよ都の跡地整理が始まり、ささやかな楽しみも終わってしまう。勝手に触るなと怒り、持って帰れといった落差に私は彼の悲しみを感じた。このバラを見るたびにこの男のことを思い出す。