まさおレポート

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バルセロナ紀行 3 カタルーニャ美術館 カタルーニャ音楽堂

2024-09-22 | 紀行 イタリア・スペイン 

カタルーニャ美術館

バルセロナのエスパーニャ広場は、この街の歴史と文化を象徴する重要な場所だ。この写真に写る二本の塔は、「ベネチアの塔」として知られ1929年開催のバルセロナ万国博覧会に建てられた。モデルとなったのは、ヴェネツィアのサン・マルコ広場にある鐘楼だ。なるほどね。

この写真の背後に見えるのが、ムンジュイックの丘の上にそびえる国立宮殿(Palau Nacional)でカタルーニャ美術館がある。1934年にこの国立宮殿内に旧カタルーニャ美術館が設立され、1990年にはそれまでのロマネスク、ゴシック、バロックの美術コレクションに加え、19世紀から20世紀の美術作品も統合され現在のカタルーニャ美術館としてリニューアルされた。

バルセロナのエスパーニャ広場に立つ巨大なモニュメントは1929年バルセロナ万国博覧会に向け建築家ジョゼップ・マリア・ジュジュール(Josep Maria Jujol)により設計された。都市計画と文化的象徴の融合だ。ジュジュールはガウディの弟子で、独自の視点で都市空間を解釈した。

モニュメントの三方には、海、農業、そして工業を象徴する彫刻があり、バルセロナが海運と貿易、産業発展の拠点であったことを反映している。

 エスパーニャ広場は、ムンジュイックの丘の麓に位置しており、背後に国立カタルーニャ美術館がそびえ立つ。美術館はバルセロナの芸術的遺産を象徴し、モニュメントの彫刻がその背景に重なることで、都市全体が一つに調和している。

地元産の石材が使用され、柱や台座の彫刻には、地中海文化の影響が色濃く反映されており、特に古代ローマやギリシャの建築様式との共通点が見られる。

ジュジュールは、ガウディが常に重視していた「地域性」と「普遍性」の二つの要素を融合させた。

カタルーニャ美術館のロビーに位置するこのドームは、1929年にバルセロナ万国博覧会のために建てられ、国立宮殿の一部として設計された。

このドームに描かれているフレスコ画は神話的なテーマ、歴史的な人物、さらには文明の進歩を象徴するシンボルが混在しており、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパた主義の影響が反映されている。

フレスコ画の中央部分に描かれる天空のイメージは、古代ギリシャ・ローマの宇宙観を基に、神々や英雄たちが天上で繰り広げる物語が描かれている。

ドームの上部に向かうほど、青や金の色彩が増し、この色が天界を象徴している。

この写真に見えるコリント式の柱頭に施されたアカンサスの葉の彫刻は建物に高貴な雰囲気を与えている。

コリント式の柱頭は、建築的な「軽さ」を表現し、空間に開放感を与え広がりを感じさせる。

カタルーニャ美術館の内部は、明るい石材を使用し、全体的に明るく柔らかな光が反射する空間を創り出している。自然光が差し込む構造は陰影を際立たせる。

 

 Marià Fortuny (1838–1874) The Odalisque オダリスク。

ジュアン・ミロー・イ・ファラー 1893年4月20日 - 1983年12月25日 カタルーニャ地方の出身。

 テラスの色彩 素朴で楽しい。

 

 

モンカダ通りに足を運ぶと、その狭い道と石畳、古い建物の隙間から目指すはピカソ美術館。パブロ・ピカソの初期の作品が数多く展示されている。

まだ名声を得る前のピカソは、この街の通りを歩き、街の息吹を感じながら自身のスタイルを模索していたという。モンカダ通り周辺の狭い路地は彼の初期の作品に見られる感覚を育てたのかもしれない。

ピカソ美術館に近づくと、観光客の姿が増えてくる。地図を手にした人々が美術館の入り口を探し求めている。

 ピカソ美術館のショップ。

バルセロナの街を歩くと圧倒的な威容を誇るサンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂が現れる。

バルセロナ大聖堂とも呼ばれるこのゴシック様式の教会は、街の歴史と精神を象徴する重要なランドマークのひとつだ。その高くそびえる尖塔は、街のいたるところから見える。

この大聖堂の正式名称は「サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂」で、二人の聖人、聖クレウスと聖エウラリアに捧げられている。聖エウラリアは壮絶な殉教の物語がこの大聖堂の歴史に深く結びついている。彼女はローマ帝国の迫害下で殉教し、その遺体がこの大聖堂の地下聖堂に安置されている。

 サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂は、1298年に建設が始まり150年後に完成したゴシック建築で、建物全体がバルセロナの中世期の繁栄と宗教的な熱意を象徴している。

大聖堂のファサードはゴシック建築の特徴である尖塔やバットレス、繊細な装飾が圧倒する。

内部もアーチ状の天井やステンドグラスの窓が光を取り込み、神聖な雰囲気を漂わせている。

サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂の中庭は、ゴシック様式の建築に見られるクローイスター(回廊)が取り囲む形で配置され中心には聖エウラリアの伝説にちなむ13羽の白鳥が飼育されている。白鳥は聖エウラリアの純潔と無垢を象徴しているとか。

 

バルセロナの街を歩き回って、少し疲れたところでカフェに立ち寄った。日差しが心地よく、パラソルの下で風を感じながらランチを楽しむ。地元のタパスと冷たいビール。歩き疲れた体には、このリフレッシュが何よりも嬉しい。

隣にいたスタッフが、私たちに笑顔で話しかけてきた。少し話してみると、どうやら彼は筋金入りのFCバルセロナのファンらしい。その日の夜は大事な試合、対戦相手はレアル・マドリードだと聞いて、スタッフのテンションは一気に上昇。彼は宿敵レアル・マドリードに対する思いを次々と語り出し、熱血サッカーファンの独壇場に。

「レアル?くそみそに負かしてやるよ!」という言葉に思わず吹き出しそうになるがそれは危険な行為。彼にとって、サッカーはただのスポーツじゃない。バルセロナ、いや、カタルーニャの魂そのものだ。

隣のテーブルの人も、すぐにこのサッカートークに加わり、カフェ全体が突然サッカースタジアムのような熱気に包まれた。まるで私たちもその日の試合の行方を左右する一員になったかのような気分だ。

それにしても、バルセロナの人々のサッカーに対する情熱は尋常じゃない。彼らにとってFCバルセロナは、ただのクラブチームではなく、地域の誇りそのもの。話しているうちに、FCバルセロナは「Més que un club」(ただのクラブ以上)というスローガンを掲げていることがわかり、スタッフの熱い言葉がさらに説得力を増した。

「この街では、バルサを応援しないってのはあり得ないんだよ!」と力説する彼。彼らの熱気に飲み込まれてしまいそうだ。

 ホテルの周り。

 大通りを歩く。バルセロナっ子がいく。

1997年に世界遺産に登録されたカタルーニャ音楽堂は、バルセロナにおけるモデルニスモ建築の一つだ。この建築は、1905年から1908年にかけて、建築家リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーによって設計され建設された。

バルセロナで最も有名なモデルニスモ建築家といえば、アントニ・ガウディの名が思い浮かぶが、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーも著名だ。

音楽堂の正面は、タイルと彫刻で飾られた独特なファサードが特徴だ。中央に配置されたバルコニーはカラフルな柱が並び、繊細な装飾が施されている。

カタルーニャ音楽堂の内部も色鮮やかなステンドグラスの天井や、彫刻が施された木製のシート、音響を意識したデザインが巧みに組み合わさっている。

「カタルーニャ音楽堂」への入り口は、建物全体の印象を象徴するように豪華かつ芸術的である。入り口のアーチは、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーのデザインの精緻さを示す重要なポイントであり、モデルニスモ建築の中でも、独自のスタイルを確立している。

入り口には大きなアーチが並び、その上部には彫刻やタイルがふんだんに使われている。植物をモチーフにした装飾や、曲線的なラインが目を引く。

アーチの装飾には、カラフルなタイルが細かくはめ込まれ、リズムを生み出している。また、柱の上部には装飾的な彫刻が施され、カタルーニャの歴史と文化が色濃く反映されている。

太い柱をタイルで装飾している。タイルはガウディの専売特許ではないのだ。

浮き彫りの装飾が。

白と黒の女性は今にもフラメンコを踊りだしそうな。  

 街中の鋳物の頑丈な軒灯に目がいってしまう。

カタルーニャ音楽堂の建物の角にあるこの彫刻は、カタルーニャの守護聖人、サン・ジョルディ(聖ゲオルギウス)の象徴的な姿を表している。彼はドラゴン退治の伝説で知られ、その勇姿はこの音楽堂の建築にも反映されている。建物の角をまるで船首に見立て、サン・ジョルディが剣を掲げ、堂々と立つこの彫刻は、建物全体の力強さとカタルーニャの独立精神を象徴している。

このサン・ジョルディの彫刻は船首のように突き出た位置に配置されている。

 

タイル柱は、カタルーニャ音楽堂の外観に施された装飾の一部であり、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーの建築デザインにおけるこだわりが色濃く反映されモデルニスモ(モダニズム)建築の象徴だ。

 

この柱にはモザイク技法が駆使され、色とりどりの陶片が複雑な模様を描き、青や緑、紫といった組み合わせは自然界の植物や花を思わせる柔らかさがある。柱の上部にはアカンサスの葉を模したコリント式の柱頭が古典的な美とモデルニスモを融合している。

 

 

 

 

カタルーニャ音楽堂の左側に見えるこのガラスファサードは、建物の全体像に現代的な要素を加えるデザインとなっている。伝統的なレンガ造りの音楽堂の構造とは対照的に、透明なガラスを使用したこの部分は、歴史的建築と現代建築の融合を象徴している。ガラス越しに見える音楽堂のアーチ状の窓や装飾的なディテールは、モダニズム建築の美しさを見せている。

 

このガラスファサードの導入は、建築の進化と革新を反映している。伝統的な建築物をそのまま保存し、現代の素材と技術を使って新しい空間を作り上げることで、カタルーニャ音楽堂は新旧の融合を果たしている。

 

音楽堂の建物は1900年代初頭に建設されたが、現代の改修を通じて、新しい素材やデザインが加わった。このガラスの構造は、周囲の街並みや環境を反映させるミラーのような役割を果たし、時にはその背後にある美しいモダニズム建築が映し出され、他の時には周囲の景色が映り込む。

この街灯は歴史と芸術性が調和した美しいデザインだ。街灯のシンプルと装飾的な意匠が同居するデザインは、19世紀から20世紀初頭にかけてのアール・ヌーヴォー(モデルニスモ)運動の影響か。

バルセロナにある「カサ・レオ・モレラ (Casa Lleó Morera)」。リュイス・ドメネク・イ・ムンタネー (Lluís Domènech i Montaner) によって1902年から1906年にかけて改修されたバルセロナの有名なモデルニスモ(アール・ヌーヴォー)建築の一つだ。

「カサ・レオ・モレラ」は、バルセロナのグラシア通りに位置し、ガウディの「カサ・バトリョ」や「カサ・ミラ」の近くにある。ファサードの装飾が美しく、花や植物、動物のモチーフが随所に見られる。また、石のバルコニーや柱、窓周りに見られる繊細な彫刻が優雅さを与えている。

 

建物の名前「モレラ(桑の木)」はデザインの中にそのモチーフが取り入れられている。


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