まさおレポート

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ペルー紀行

2019-08-19 | 紀行 マチュピチュ・ボリビア・ペルー
2007年3月10日 今日はペルーの首都リマへ南米最後の陸路移動となる。バスは午後から出発なので、その前にクスコ市内のプレコロンビーノ博物館へ。ペルーコンチネンタル銀行が運営、所蔵する博物館だ。



ゴールドのアクセサリー。



スプーン。



木製の杖コーナー。



インカっぽくなってきた。



焼き物コーナー。



キャラがかわいい。



漫画ではない。



銀行のコレクションでキュレーターのレベルはかなり高い。場所や時代毎の分類も非常に分かりやすいしなによりコレクション1品、1品がすばらしい。




博物館の中庭。



さあ、クスコともお別れだ。これからアンデスを越えて、リマへ向かう。




バスは今までになく快適でリクライニングも申し分ない。リマ行のバスの予約をめぐってクスコの代理店のオヤジと揉めたことなど嘘のようだ。実はバス出発のぎりぎりまで予約の取り直しでハラハラした。当日になってオヤジは昼間のバスはフルで予約できないと言いだした。これではアンデスの景色が観れないではないか。オヤジは「では別に予約をするのでさらに別料金を払え」と平気な顔で言う。

お前が勝手に夜のバスに変更したのではないか、ふざけるなと強く言うとオヤジは折れてバス会社に向かった。しかし、時間がない。あと5分で出発というタイミングでチケットが取れた。足元を見るというのは日本では多少後ろめたいがこの国のこの種の人々ではごくごく当たり前のようだ。



リマは海岸の街でもあり念願の平地だ。水を変えていない金魚鉢の金魚が水面に向かってパクパクするように一刻も早く酸素の濃い下界に帰りたい。そんな心境でバスに乗り込んだ。しかしクスコからリマまでアンデスを越えなければならない。


途中、道路が水びたしになっていて、びっくり。



バスの乗客も安心できそうな旅行者とペルーの大学の教師のような雰囲気の女性でリラックスできる。波乱の後は順調な滑り出しだ。クスコを出ると数時間でアンデスを登りはじめた。つづら折りの道をへばりつくようにして走る。崖っぷちの連続で夕闇も迫ってくるが運転手の技量に任せるしかない。もうそろそろ下るのかと期待するが応えてはくれずどんどん登る。



両サイド交互に絶景がやってくるので忙しい。



夕暮れのなかに家路に向かう羊飼い。


窓からアンデスの山並みが暮れなずむ夕陽のなかに浮かび上がる。これを見に来たのだ。幾重にも重なる山なみが夕日の沈むのと呼応して朱から変化していき、最後にはモノカラーになる。この間の時のグラデュエーションが実に良い。このサンセットを見るだけでもはるばるアンデスにきた甲斐があった。



このあと、すぐに日は暮れてしまう。まだ道路が見えてる間は、行き先の状態が見えていいのだが真っ暗になると、ほんとこわい。曲がり損ねたら終わってしまうようなギリギリの道を行っているのだ。ボリビアのガタガタバスより怖かった。



バスの中ででてきたディナー。白いご飯に牛肉のいためもの。一応あたためてある。



バスの窓から見えた砂漠の風景。
 
リマ



クスコからリマへはバスで約1000kmの道のり。飛行機なら、約1時間であっという間なのに、
物好きな我々は迷い無くバスにした。アンデス山脈を越えてリマへたどり着く直前の景色が砂漠だとは予想もしていなかった。



ペットボトルのが気圧の変化でここまですごいことに。つまり下界に降りてきたということだ。



海が見えた。リマは海沿いの町なのだ。海を見たのはアルゼンチンのバルデス半島以来だ。


ようやくリマの市内に着いた。リマのバス停では荷物を降ろす際に盗難にあうらしいので少し緊張する。



夕方訪れたのは、国立博物館だ。翌日のリマ最終日は月曜日で博物館は休みとなる。今日中に行かないと。




インカの文様はおもしろい。



クスコでもみた少女の顔。



ちびまるこちゃんの友造に似ている。



かわいすぎ。



帽子が。



本物の埋葬。



博物館が広いので、展示もゆったり。



ゴールドの衣装。



バッグ。



色がしぶい。南米紀行完。下図は南米紀行の足跡でブルーが航空、赤がバスの旅となる。合わせて1万キロの旅だ。


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