1500円のビブラムソールでワラーチ(サンダル)を自作してから8日。
毎日6000歩程をウォーキング(少しだけスロージョグ)
をしてみたので、すこし整理してみようかと。
注)備忘のつもりでだらだら長くなってしまったので、まず結論だけを。
自作サンダルは、失うものは少なく得るもの(というより取り戻すもの)
の多い人体実験です。お勧めできます。
そして、人間工学、辺境の特異な能力を持ったマイノリティ、ビートニク的な
ロマンチシズムに満ちた「BORN TO RUN」という本を併用すると
なんか、まだまだやれるぜーと悟空のような気持になるかと思います。
自宅開業に合わせ、日常生活を律する目標を持とうと思い
4月末のトレイルランニング大会にエントリーしていました。
たまたま友人の誘いでハーフマラソンにも出ることにもなり
6~11㎞を週2,3回走り、シューズも新調、店員おすすめの固めのインソールも
入れ、ラップタイムも自分なりに伸びていました。
アラフィフにしてまだ成長できる分野があるんだ、と結構ハイになっていました。
田舎の川べり、夜の桜並木は街灯もなく無人。
白く浮かび上がる満開の花をおぼろに見上げて
呼吸音だけ聞いていると、走るのが得意だった故人が
伴走してくれている、という妄想が浮かび
いくらスピードを上げても疲れないような快感を感じました。
で、股関節を痛めたんです。
レントゲンでは骨に異常なし。カイロプラクターによると
長内転筋か恥骨筋の痛みとのこと。口の悪い先生で
「あー足首は固いし内転筋を全然使ってこなかった人だね。
少しビッコ気味だ。その割にじっとしてられないんだな、こういう人は」
「はあ、その通りですねえ」
「内転筋、内転筋・・・」
ジョギングシューズを履いて内またを擦るように歩くと
オネエみたい、と家族に言われ
そうまでして気を付けて歩いても、股関節と大殿筋の張りと痛みは
改善せず。もろもろのことが虚しくなります。
「お~メロンありがとーどげんしようと」
「独立して時間できるけん、トレラン上達しよう思いよったら股関節痛めてくさ、テンションだだ下がりったい」
茨城名産のメロンを送った福岡の同期からお礼の電話。
彼は昨年、壱岐のウルトラマラソン100㎞を完走したストイックな変わり者。
福岡にいた30代、彼は柔術、私はサーフィンにのめり込んでいた。
身体意識とか古武道的な体の使い方について話したり、一緒に能のワークショップに参加したり
10キロマラソンに出て野菜を沢山もらったり、たまに中州も。
今思えば人生楽しんでいたなあ。
彼に夜電話すると博多から大宰府の自宅に走って帰る途中であったり、
遊びに行くと、へんてこな5本指の靴で迎えに来たりする。
「俺は普段ルナサンダル履きようよ」
「なにそれ?」
「うーん裸足に近い感覚になるけん、体本来の使い方を意識して歩きよるゆうか」
「へえ」
ルナサンダルは米国産、手作りらしく1万円以上する。いわゆるベアフット(裸足)ラン信奉者が
まず最初に手にするサンダルらしいが、輸入のみで近くの山屋にはなし。ネットでも品薄。
ランナー座右の書(?)「BORN TO RUN」の登場人物「ベアフットテッド」が、
メキシコの銅峡谷に住むタラウマラ族(またの名を走る民族ララムリ)の名ランナー
マヌエル・ルナに作り方を教わったゴムサンダルが原型とのこと。
眉唾なコマーシャルスートリー臭いなあ、と思いつつも
自作サンダルで楽しく走っています、的なブログが数多あり
https://hadatomohiro.com/huaraches-diy/
この人がいい人そうだったので、とりあえず作ってみることにしたのです。
平たく言えばゴムでできた草鞋です。近所の古民家自然派食品屋さんの
軒先にぶら下がっていたのと良く見比べましたが、設計思想は同一だと思います。
同時に「BORN TO RUN」を読みだす。面白い。
登場人物たちがいい言葉を吐くんだよなあ。
カバーヨへの憧れを語りつつ、飲みたいものです。
その同期は2年前に熱心に読んでいたな。
また先を越されてしまった。ちゃんと勧めてくれよ、まったく。
サンダルで歩きだしてから、見る夢の性質が変わった。
10代最後の夏はインドのバラナシをビーチサンダルで歩いていた。
町中いたるところに散乱する聖なる牛の緑のフン。
踏んづけ、予想外の粘り気の強さにバランスを崩し、鼻緒がすっぽ抜けたときのやるせなさ。
つま先立ちでサンダルを手でつまみ、フンの中から引っこ抜いたこと、
足裏の記憶がよみがえってきた。
あの夏はずっとサンダルで過ごしていたのだった。
股関節の痛みは劇的に改善はしていないが
この1週間でちょっとした糸口がつかめたような気がしている。
海辺の町に住んで、仕事が終わったら夕方には毎日サーフィンするのが
夢で、それに一番近づいたのは福岡にいたときだった。
いま内陸の小さな田舎町で5時の防災無線を聞くと同時に、
サンダルで歩きに出かけ、未舗装路で軽く走ると、
あ、これも結構自由だ。と足裏で感じることができる。
毎日6000歩程をウォーキング(少しだけスロージョグ)
をしてみたので、すこし整理してみようかと。
注)備忘のつもりでだらだら長くなってしまったので、まず結論だけを。
自作サンダルは、失うものは少なく得るもの(というより取り戻すもの)
の多い人体実験です。お勧めできます。
そして、人間工学、辺境の特異な能力を持ったマイノリティ、ビートニク的な
ロマンチシズムに満ちた「BORN TO RUN」という本を併用すると
なんか、まだまだやれるぜーと悟空のような気持になるかと思います。
自宅開業に合わせ、日常生活を律する目標を持とうと思い
4月末のトレイルランニング大会にエントリーしていました。
たまたま友人の誘いでハーフマラソンにも出ることにもなり
6~11㎞を週2,3回走り、シューズも新調、店員おすすめの固めのインソールも
入れ、ラップタイムも自分なりに伸びていました。
アラフィフにしてまだ成長できる分野があるんだ、と結構ハイになっていました。
田舎の川べり、夜の桜並木は街灯もなく無人。
白く浮かび上がる満開の花をおぼろに見上げて
呼吸音だけ聞いていると、走るのが得意だった故人が
伴走してくれている、という妄想が浮かび
いくらスピードを上げても疲れないような快感を感じました。
で、股関節を痛めたんです。
レントゲンでは骨に異常なし。カイロプラクターによると
長内転筋か恥骨筋の痛みとのこと。口の悪い先生で
「あー足首は固いし内転筋を全然使ってこなかった人だね。
少しビッコ気味だ。その割にじっとしてられないんだな、こういう人は」
「はあ、その通りですねえ」
「内転筋、内転筋・・・」
ジョギングシューズを履いて内またを擦るように歩くと
オネエみたい、と家族に言われ
そうまでして気を付けて歩いても、股関節と大殿筋の張りと痛みは
改善せず。もろもろのことが虚しくなります。
「お~メロンありがとーどげんしようと」
「独立して時間できるけん、トレラン上達しよう思いよったら股関節痛めてくさ、テンションだだ下がりったい」
茨城名産のメロンを送った福岡の同期からお礼の電話。
彼は昨年、壱岐のウルトラマラソン100㎞を完走したストイックな変わり者。
福岡にいた30代、彼は柔術、私はサーフィンにのめり込んでいた。
身体意識とか古武道的な体の使い方について話したり、一緒に能のワークショップに参加したり
10キロマラソンに出て野菜を沢山もらったり、たまに中州も。
今思えば人生楽しんでいたなあ。
彼に夜電話すると博多から大宰府の自宅に走って帰る途中であったり、
遊びに行くと、へんてこな5本指の靴で迎えに来たりする。
「俺は普段ルナサンダル履きようよ」
「なにそれ?」
「うーん裸足に近い感覚になるけん、体本来の使い方を意識して歩きよるゆうか」
「へえ」
ルナサンダルは米国産、手作りらしく1万円以上する。いわゆるベアフット(裸足)ラン信奉者が
まず最初に手にするサンダルらしいが、輸入のみで近くの山屋にはなし。ネットでも品薄。
ランナー座右の書(?)「BORN TO RUN」の登場人物「ベアフットテッド」が、
メキシコの銅峡谷に住むタラウマラ族(またの名を走る民族ララムリ)の名ランナー
マヌエル・ルナに作り方を教わったゴムサンダルが原型とのこと。
眉唾なコマーシャルスートリー臭いなあ、と思いつつも
自作サンダルで楽しく走っています、的なブログが数多あり
https://hadatomohiro.com/huaraches-diy/
この人がいい人そうだったので、とりあえず作ってみることにしたのです。
平たく言えばゴムでできた草鞋です。近所の古民家自然派食品屋さんの
軒先にぶら下がっていたのと良く見比べましたが、設計思想は同一だと思います。
同時に「BORN TO RUN」を読みだす。面白い。
登場人物たちがいい言葉を吐くんだよなあ。
カバーヨへの憧れを語りつつ、飲みたいものです。
その同期は2年前に熱心に読んでいたな。
また先を越されてしまった。ちゃんと勧めてくれよ、まったく。
サンダルで歩きだしてから、見る夢の性質が変わった。
10代最後の夏はインドのバラナシをビーチサンダルで歩いていた。
町中いたるところに散乱する聖なる牛の緑のフン。
踏んづけ、予想外の粘り気の強さにバランスを崩し、鼻緒がすっぽ抜けたときのやるせなさ。
つま先立ちでサンダルを手でつまみ、フンの中から引っこ抜いたこと、
足裏の記憶がよみがえってきた。
あの夏はずっとサンダルで過ごしていたのだった。
股関節の痛みは劇的に改善はしていないが
この1週間でちょっとした糸口がつかめたような気がしている。
海辺の町に住んで、仕事が終わったら夕方には毎日サーフィンするのが
夢で、それに一番近づいたのは福岡にいたときだった。
いま内陸の小さな田舎町で5時の防災無線を聞くと同時に、
サンダルで歩きに出かけ、未舗装路で軽く走ると、
あ、これも結構自由だ。と足裏で感じることができる。
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