行雲流水の如くに

若者や壮年がリバタリアンに傾くわけは?

今回の都知事選は、若者や壮年の「リバタリアン」指向が出た選挙であるとも言える。

「リバタリアン」というのは、自由原理主義者のことだが、もっとくだいて言えば「自己責任論者」。

少子高齢化の中で自らの身を守るためには、「他人の面倒を見るのに俺たちの金をまわすな」という本音が透けて見える。

その気持ちはわからないでもない。

そこで「リバタリアン風」の石丸伸二に票が流れたのであろう。

安倍政権以降、若者は保守化したと言われているが、実際は「自分らしく生きる」ために「リバタリアン化」しただけだ。

 

自民党も小池百合子も「鵺」のような変幻自在に姿を変える。

鵺(ぬえ)ーー渡り鳥のトラツグミの古称。不気味な声で鳴く。そこから正体不明の怪獣をさす。

リベラルな福祉国家を目指すかと思えば、小泉政権以降は「新自由主義」的な自己責任論を主張する。

ところが裏金問題の迷走を見るにつけ自分たちの軸を喪失しているようだ。

世襲議員が増えると守るべきものは自分たちの権力で、国民生活はそっちのけだ。

 

これからの日本の政治は、保守かリベラルではなく、「リベラル」か「リバタリアン」に分かれるだろう。

小池百合子は保守を装うが政策はリベラル的(いじましいバラマキ政策だが)。

しかし本質は再開発重視のリバタリアンだ。

今の日本でリバタリアン的なのは「日本維新の会」か。

「身を切る改革」などという言葉に現れている。

しかし大阪万博での不手際や第二自民党発言などを見ていると実態は怪しい。

自民党も立憲民主党も9月には代表選挙がある。

それぞれどんな顔を選ぶか、選ばれた顔が政権選択をかけて戦う。

日本にとって今後の方向が決まる重要なイベントになるであろう。


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