「今年」
涙があるだろう
今年も
涙ながらの歌があるだろう
固めたこぶしがあるだろう
大笑いがあるだろう
今年も
あくびをするだろう
今年も
短い旅に出るだろう
そして帰ってくるだろう
農夫は野に
数学者は書斎に
眠れぬ夜があるだろう
だが愛するだろう
今年も
自分より小さなものを
自分を超えて大きなものを
くだらぬことに喜ぶだろう
今年も
ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を
忘れさせることはできぬだろう
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も
御飯のおいしい日があるだろう
新しい靴を一足買うだろう
決心はにぶるだろう
今年も
しかし去年とちがうだろうほんの少し
今年は
地平は遠く果てないだろう
宇宙へと大きなロケットはのぼり
子等は駆けてゆくだろう
今年も歓びがあるだろう
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が
「地球へのピクニック」
ここで一緒になわとびをしよう ここで
ここで一緒におにぎりを食べよう
ここでおまえを愛そう
おまえの眼は空の青をうつし
おまえの背中はよもぎの緑に染まるだろう
ここで一緒に星座の名前を覚えよう
ここにいてすべての遠いものを夢見よう
ここで潮干狩をしよう
あけがたの空の海から
小さなひとでをとって来よう
朝ごはんにはそれを捨て
夜をひくにまかせよう
ここでただいまを云い続けよう
おまえがお帰りなさいをくり返す間
ここへ何度でも帰って来よう
ここで熱いお茶を飲もう
ここで一緒に坐ってしばらくの間
涼しい風に吹かれよう
あたしと谷川俊太郎氏との出会いは
高校の教科書(それも弟のw)でした。
それまでも氏のお名前は存じてましたが
作品に触れるきっかけがなく。
すっごく衝撃が走ったのを覚えてます。
だからこそ
10年経ったいまでも、
【矛盾】ということと
葛藤し続けているんだと、私は思います。
《三つのイメージ》
谷川俊太郎
あなたに
燃えさかる火のイメージを贈る
火は太陽に生まれ
原始の暗闇を照らし
火は長い冬を暖め
祭の夏に燃え
火はあらゆる国々で城を焼き
聖者と泥棒を火あぶりにし
火は平和へのたいまつとなり
戦いへののろしとなり
火は罪をきよめ
罪そのものとなり
火は恐怖であり
希望であり
火は燃えさかり
火は輝く
─あなたに
そのような火のイメージを贈る
あなたに
流れやまぬ水のイメージを贈る
水は葉末の一粒の露に生まれ
きらりと太陽をとらえ
水は死にかけたけものののどをうるおし
魚の卵を抱き
水はせせらぎの歌を歌い
たゆまずに岩をけずり
水は子どもの笹舟を浮かべ
次の瞬間その子を溺れさせ
水は水車をまわしタービンをまわし
あらゆる汚れたものを呑み空を映し
水はみなぎりあふれ
水は岸を破り家々を押し流し
水はのろいであり
めぐみであり
水は流れ
水は深く地に滲みとおる
─あなたに
そのような水のイメージを贈る
あなたに
生きつづける人間のイメージを贈る
人間は宇宙の虚無のただなかに生まれ
限りない謎にとりまかれ
人間は岩に自らの姿を刻み
遠い地平に憧れ
人間は互いに傷つけあい殺しあい
泣きながら美しいものを求め
人間はどんな小さなことにも驚き
すぐに退屈し
人間はつつましい絵を画き
雷のように歌い叫び
人間は一瞬であり
永遠であり
人間は生き
人間は心の奥底で愛しつづける
──あなたに
そのような人間のイメージを贈る
あなたに
火と水と人間の
矛盾にみちた未来のイメージを贈る
あなたに答えは贈らない
あなたに ひとつの問いかけを贈る
矛盾を感じるからこその、自分への問いかけに。結局、三つのイメージを読んでしまう感じ(笑)
谷川俊太郎、嘘っぽくないトコがすごく好きです!
きっと、森羅万象、あらゆるものは多分に【矛盾】を孕んでいる気がします。
その【矛盾】に気づかないフリをするのは簡単だけれども、【矛盾】をありのまま【矛盾】として受け入れられるだけの、柔らかさとか、それさえも慈しめる清らかさとか、そういうのが、あたしは欲しいです。
なんとなくなんですけど。谷川さんはきっと、答えを贈りたくても、贈れなかったんじゃないか、って。
だって、答えなんて何処にもないんですもの。
(それでも谷川さんなりの答えは用意されてるとは思うんですけど。←矛盾w)
でも、ん。
あたしの人生において
最高の贈りものだったと、心からそう思います。